ふと降りてきて「!」と思ったのでザザっと書く。
人間てさ、必ずどんな人でも「自己顕示欲」あると思う。
だって、それがなかったら死んじゃうわけだしさ。
赤ちゃんが泣くのも、「生命維持してくれよ!ミルクくれよ!」という
注意喚起だよね。
アテンションこっちにくれよ!っていう。
そもそもそれがあって赤ん坊は泣くんだけど、
それになんらかの事情で対応してもらえずに何回かその経験をすると
その子はその行動をしなくなる。
シャーレの中のノミが、一定時間を経過すると
シャーレから出しても高く飛ばなくなるというあれだよね。
ま、現代日本で多くの人は赤ん坊の時点で食事を与えられないということはないだろうから
そこはクリアするとしても、そのあとの子供時代にみんな色んな経験をする。
自己顕示欲って、持って生まれた性質でその度合いや色も人それぞれだし、
その「欲」を早い子供のうちに親やどこかで満たしてもらえて
満足して少なくなったり無くなってる人も、いる。
(満たされると「欲」ってなくなるでしょ?
カレー食べたい!ってカレー食べたらもう「カレー食べたい」って思わないもんね)
でも、往々にして、優しい性質に生まれついちゃった子や
人よりも敏感な感性を持って生まれちゃったりすると
親の「過去に満たされてない自己承認欲求」を敏感に感じて、
そっちを優先してあげたくなって
でも、相反して見える「欲」が二つ共存できないと思うもんだから
自分の欲を引っ込めてしまう場合があるんだと思う。
(そしてまた一人、満たされない大人が育っていくわけさ)
だから、顕在意識、無意識両方で
人は、なかなか自己顕示をしなくなっていくなるんだろうね。
でも、その人にその満たされなかった思いは残るから
それがどっかで、未消化の「くっさい屁」になって出ちゃう。
(それはつまり、親しい人とうまくいかない、という現実)
自分が散々やったからわかることなんだけどね。
でも、まあ、ありがたいことに
長年かけて読んできた本や参加したワークショップや
日々の自分のたゆまぬ能動的な気づきによって
いろんな仕組みが分かってだいぶ楽になったし
何より私には100パーセント自分を解放できる
つよーい味方の姉ちゃんと夫がいるわけだから
気づいた時点で即!排出できる、満たしてもらえる相手がいるわけで
本当にこれはありがたいよ。
でね。
思ったんだけど、まあ、自分のように
くっさい屁をためて生きてきた人間としては
そのくっさい屁をしてたことがかなり恥ずかしいわけ。
だからこれまでは恥ずかしいなあ、もう!って思ってたんだけど
はた、と思ったわけ。
私がこれを持ってるおかげで、
くっさい屁をしてるけど、
それをちゃんと消化して出したい!そして幸せになりたい!って
思ってる人の気持ちも、状況もよくわかる。
なあるほどなあ、って。
いま人気のある心やさんがやってることも
きっとそれに気づいて解放できる仕組みを
みんなに「こうだよー」って言ってるんじゃないかなーと思う。
そんで、いま私が感じてるのは、
そういう苦しい人たちがもっと楽になったらいいなーってことかな。
どうも自動的にそこに反応してるみたい。
だって、私の周りにそういう人多いんだもん(笑
で、その現象を、あれー、まだ私、自分のことわかってほしいって思ってるから
そういう人が現れるのかなーって思ってたんだけど
そうじゃなくて、そういう人のこと、わかってあげなねーってことなんだなと膝を叩いた。
(やーだってね、自慢じゃないけどもう、しこたま向き合ったし結構解明したし笑)
ここ最近で気づきがあったので、
これに続けてまた書いてみるね。
東京のコーヒー屋さんで姉ちゃんにとってもらった一枚。
姉ちゃんの前では特に、めっちゃ可愛い顔になる私♪
