神様に丸投げ | 写真家yukko*のVIVIDにゅ~す!

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写真家でファッションコンサルタントのyukko*です。

わたしは、人は幸せでいるために生きていると思っています。
みなさんにVIVID(イキイキと鮮やかに)に生きてもらうためのお手伝いができると嬉しいです^^

先日のこと。

うちには祖父母と父の月命日ごとに
お寺のかたがお参りにきてくださるのですが

お坊さん、いろんなかたがいらっしゃいます。

で、先日来たお坊さん…。

来た瞬間から大音量でしゃべりまくり。

う…うるさっ☆


これは、話に乗ると長居されそうだから
目を合わせないようにして、と…

と、それでもしゃべり続けるお坊さん。


お参りが終わってもしゃべるしゃべる。

あんまりしゃべるんで、このひと、なんでこんなにしゃべるのかなあ…と思ってみると
たぶんこのひと、誰にも話を聞いてもらってないんだな…
もっと言うと、リスペクトされてるって感覚を持ててないんだなあ…

と感じました。

う~ん、でもわたしはこのひとにはなんにもできないなあ…

わたしが我慢して話聞くのはいやだしい~。


…!

そうだ!


あのお二人がいるではないか!

あのお二人とは…
えべっさんと大黒さん☆


で、アタマのなかであのお二人に
「あの~、この人になんかいいことお願いしますm(__)m」

とお願いしてみた。

神様がどう応えてくれたかはわからないけど、
わたしにとってよかったのは、
「自分がなんとかしよう」と思わずに
丸投げできたこと。

これだけ福をくれている神様ならば
なにかきっと、この人にも気付きをくれるんじゃないかな…と

(受け取るかどうかは本人が決めるんだけど)

すんなり信じて、自分はそこからぱっと手を離すことができたのです。

このお坊さんはわたしにとって、通りすがりみたいな人だけど、
もっと近い人や好きな人だと、ともすれば
「こうだったらいいのに」とコントロールしたくなってしまう。

だから、そこを自分でなんとかしようと思わずに
神様に丸投げっていいな、って思えたのです。


たぶんこれも、いろんなことが「なんでもアリだ」と思えるようになったからなんだろうな。

流れに任せて手を離す。

だけど、なにか袖くらいふりあうことがあったなら
その人のために『思う』ということくらいはできる。
そしてそこに執着しすぎずにいて、
流れとして任せることができる。

そんな気持ちになったんです。

すごくニュートラルにいて、楽になってきたど!

いい感じの年末です(^^)v

これも福のうち(笑)?