ただ何となく西の方にドライブしたくなって、久しぶりに長崎の平戸に行ってみた。
江戸時代初期にヨーロッパで書かれた日本地図。
九州の地名で書かれているのは、Firand=平戸とBungo=豊後だけ。
鎖国で出島ができるまでの約100年、ヨーロッパ・アジアの貿易は平戸が中心だったのねー。
しかも、出島の貿易額をはるかに上回る量の取引が行われていたとか。
長崎人の新しもの好きは、この頃からか。。。まぁ、海賊の本拠地だしね。
ただ、「西の都」と呼ばれたぐらい栄えたこと、知る人は少ないかも。
100年続く大きな産業がなくなると、みるみる間に街は衰退していくのね。。。
今に通じる教訓ですね。
平戸、もっとアピールして存在感出していいのにね。
2011年に新しく建てられたオランダ商館は、なかなかステキでしたよ。
ゆるキャラ「オランダかぴたんず」は、なんだかなー、だけど。。。

オランダ商館は、民家を70軒も立ち退かせての広さだったそうで、お殿様もなかなか強引ね。
衝撃だったのが、中世ののワイングラスにあった解説。
オシャレなデザインと思っていた、柄の部分の突起。
なんと、「手づかみで肉を食べた油ギトギトの手で滑らないため」なんだそうで!?
わーお!
そっか、中世のヨーロッパではまだ手づかみで食事してたのよね。
ナイフとフォークを使うのは貴族ぐらい。
「日本人は大人も子どもも、2本の木の棒を使って食べることに驚いた」という記述もあるくらいだから、日本人の民度の高さはスゴイね。
長崎といえばキリスト教会群。世界遺産に立候補してるよね。
平戸ではザビエル協会が超有名だけど、あえてそこには行かず(へそ曲がり)
生月島の山田教会。
木のままの天井も美しい。
しかも、この幾何学模様は、ナント全部蝶の羽なんです。
(いったい何匹の蝶が使われてるのか・・・・・汗)
隠れキリシタンの悲しい歴史。
こんな日本の端っこの小さな小さな村まで、キリシタンの取り締まりがやってきてたんだなーと思うと、日本の統治網はすごいな。
・・・・と今までは思ってたんだけど、考えたら、貿易港で栄えてたわけだから当然か。
なぜかこれまで行ったことがなかった平戸城に初登城。

なかなか立派な石垣。
高台にあるので、海も町も一望できます。
戦闘のための城と言うよりも、海を見張るため、って感じかな。
ここで平戸の新しい発見2つ。
ひとつは、吉田松陰が軍学(山鹿流)を学びにやって来てるんですね。
長崎に行ったのは知ってたけど、平戸にも長期滞在してたのは知らなかったな。
(長崎市と平戸は100キロ以上離れてます)
「花燃ゆ」の今、もっとPRしたらいいのに~(余計なお世話)
もうひとつは、明治天皇の外祖母が、平戸藩主の娘(中山愛子)ってこと。
一人娘が宮中(孝明天皇)に仕え、そこで明治天皇を産んだのです。
明治天皇は4歳まで平戸で過ごしたらしいけど、知ってた??
お城の資料の中に、明治天皇のシルクの産着もありましたよ。
日本の西の端っこの小さな(いや、思ったより大きい)島「平戸」
地図を眺めていると・・・伊万里や有田も近いじゃない。。。
そっか!なるほど、有田焼はまずはここから大量にヨーロッパに渡って行ったのね。
伊万里は有田焼の積出港。平戸までは船ですぐだもんね。
いやー、平戸スゴいよ。
行くたびに新しい発見がある、色んな歴史の詰まった面白いところでした!





