来年の4月から、西南学院の小学校ができますね。
少子化の進む中、私立学校の一貫教育がどんどん進んできています。
幼稚園から大学まで、エスカレーター式で上がる学校。
そこに行ける人は、当然親の年収など限られてきます。
昔からある国立大の付属小学校では、親の半数以上が医者だと聞きます。
クラスも少ないので、ほとんど同じ顔ぶれで過ごすことになります。
そのまま中学校へ、高校へ、大学へ。
そしてまた、その子供たちも医者になっていくとしたら、
なんだか恐ろしい気がします。
世の中はどんどん多様化へと進んでいるのに、
親はどんどん子供を狭い世界の中へ閉じ込めている気がします。
多様化の中の小さな世界、自分の感覚が通用する世界へ。
そして、その世界しか知らない子供たちは、
世の中へ出たときに対応する能力があるんでしょうか。。。。。
私は、幼稚園から大学まで公立で過ごしましたから、
ホントに色んな雑多な人々がいました。
給食費が払えないクラスメートはいつも悲しそうでした。
一部屋しかない家で家族5人暮らす友人は、
今思えば、被差別部落の人だったようです。(当時は分かりませんでしたが)
そんな友人も社長令嬢も一緒に遊んでいました。
母一人子一人の友人宅では、昼間はいつも一人きりで、
家に帰っても母親がおやつを出してくれるわけじゃないことを知りました。
農家は毎月給料が入るわけじゃないことも知ったし、
父親がみんなネクタイをするわけじゃないことも知りました。
おまけに、2年に一度県外へ転校してましたから、
言葉もまったく違う人たちの中に入っていかなければなりませんでした。
おかげで色んな意味で鍛えられたと思います。
世の中はグローバルへと進んでいます。
日本人という枠さえ取っ払われる時代です。
似たような価値観の人とだけ付き合っていくわけには行かない時代ですし
そんな狭い視野では、仕事も成り立たない時代です。
まだ何の選択基準も持ち合わせていない子供のころから
親の基準に合わないものを、事前に目の前から排除して、
無菌状態で育てることは、なんとなく怖いなぁと思うのです。
今は時代が違うのよ、博多美人さんの考えが古いのよ、なーんて言われそうだなぁ。
でもね、子供が20才そこそこで社会にポンと出たとき、
そこはまだ、30年も40年も前の化石化した人たちが、うようよいる世界ですからねー。
ま、まったく、余計なお世話ですけど、ね。
えっ
あんたほど強くならなくていいって![]()
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あっ、そう![]()