今日は、うちのマンションの草取りの日でした。
(敷地の緑がすごいんです・・・ありすぎ!?)
私はキャリ・コンの講座で、残念ながら欠席したんです。
残念って、そんなに草取りに参加したかったのかって?
草取りが残念ってわけでじゃないんですけど、
そのあと、マンション挙げての懇親会があったんですよ。
年に2回の集まりなんで、結構楽しみにしてたんだけどなぁ。
うちのマンションは、戸数が20軒しかないので
まさに長屋暮らしのような感じです。
全員の顔と名前を知っているのはもちろん、
職業から家族構成から、お互いが知り尽くしてます。
もう15年も住んでますから、入居の時は小学生だった子が
結婚して赤ちゃん連れて・・・なんて姿も見ています。
この、お互いの顔が見える暮らしという点で、大きな発見がありました。
顔を知っていると、怒りが消えるんですよね。
例えば、隣からちょっと迷惑な大きな音がしたとしても、
「もう、○○さんったら、何やってんのかしら
」
と、顔を思い浮かべながら苦笑する程度で、
怒るところに至りません。
もちろん、ホントに迷惑なことがあれば、ちゃんと行って伝えることもできます。
だって知ってる人だし。(もちろん、そんなこと自体ありませんが)
昔住んでいたマンションでは、
隣の人が夜中にリズムをとって壁をコツコツ叩く音がうるさくて、
イライラして眠れないことがありました。
思い浮かべるべき相手の顔も分からないと、
怒りがどんどん増しますね。
これって、今の日本、いろんなところで起きている問題のような気がします。
もちろん、住む家とか地域ってことだけじゃなく、商品やサービスなどなど。
知っている人の作った商品ならば、
少しぐらい傷が入っていたりしても「まぁ、しゃーないか」と許せます。
それが、顔の見えない企業であると
「こんなところに傷が入っとるやないか!いったいどうなっとるんや!」
と、怒り爆発。
戦後の日本は、何もかも、大きく、広く、グローバルにを目指してきましたが、
そこで失ったものは、そんなこともあるのではと思います。
身の丈の暮らし、顔の見える商売、
そんなところに立ち戻る時期なのかなぁと思います。
そうすると、いつも言っている「想像力の欠如」も
もう一度培っていける気がします。
そして、お互いに優しい気持ちになれるのでは。。。
* * *
キャリ・コンから帰ってきたら、ちょうど懇親会が終わったFさんと鉢合わせ。
「あーーっ!残念やったねー!今終わったとこよ~
」と、
余った缶ビールを私にくれました。
次回は参加しますからね~