【本の紹介】
「なぜふつうに食べられないのか」磯野 真穂著
摂食障害当事者で友達のロペあゆみちゃんに
読んだら内容を伝えるねと約束しましたので
アップします。
※FBの記事の転送になります。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
本書は、摂食障害当事者複数人を
長年にわたって取材し
その生育暦から家族関係
摂食障害の発症の様子、病態
そしてその後・・・などを
克明に記録し、そこから
摂食障害とは何か?を考察された本です。
摂食障害の発症理由、治療法などに
安易に結論は導き出さず
(家族、特に母親原因説など)
むしろ、
ふつうに食べられなくなった人(摂食障害当事者)を
通して、食べるとは何なのかと言う
食の本質を探究することにその主眼を置いています。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
(内容要約)
「ふつうに食べる」と言う、ごく当たり前の行為は
私たちが生まれてきてからずっと
家族や、周りの人間から
繰り返し教えられてきたことで身に付いた
行動です。
食べてよいものはなんなのか?
どのように食べるのか?
いつ食べるのか?
繰り返し、繰り返し教わってきました。
言い換えればそれは、
他者との繋がりによって、私たちは
「ふつうに食べられる」状態を獲得て来ました。
しかし、ひとたび、人が痩せようとするとき
私たちはこの今まで育んできた食行動の
基準を手放さなければ
その望みは達成できません。
いままでの、
「美味しいから食べる」
「元気が出るから食べる」
「楽しい時間をすごしたいから食べる」・・・と言った
五感で感じていた基準ではなく、
カロリーや体重と言う数値が食べる基準になっていくのです。
今まで体験を重ねて育まれてきた食べ方が
体から流失し、やがてそれは
人と人との繋がりも断ち切られていく・・・
のだと・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
このことを端的にまとめた、筆者のあとがきが秀逸です。
『食べると言うことと、他者と関わるということは
とても似ている。
共に、自分でないものを、自分の中に取り込むと言うことであり
そこには自分の中に、「ゆらぎ」を生じさせる。
その「ゆらぎ」は自分にとって、心地よいこともあれば
凶器となって酷く傷つけることもある。
よって、ふたつは、ともに人間にとっては「恐怖」なのである。
「ふつうに食べられない人々」は
痩せようとするその過程で
食に関わる当たり前の数々を一枚一枚剥ぎ取り
食べ物に宿る恐怖をじかに触れてしまう。
彼女たちが、怖いのは、今まで無意識のところで
優しく守ってくれていたい、
食についてのあたりまえの数々を
自ら捨て去ったからである。
彼女たちが、痩せることで犠牲にした
一見取るに足りない当たり前のそれぞれは
日々の暮らしの中で、心地よく食べ
食を通じて人と人が繋がりを作り出すための
知に溢れていたのである。』
(趣旨)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ある時
ロペちゃんは語りました。
「摂食障害は繋がりの病」だと
筆者も語ります。
「ふつうに食べられない人」の本当に苦しみは
他者と関われなくなったことにある・・・と
![]() |
なぜふつうに食べられないのか: 拒食と過食の文化人類学
2,700円
Amazon |

