先日、観劇した野田秀樹『パイパー』の戯曲を読みました。
ネタバレ?というのをしてるのかな。で、これから演劇を見る方、戯曲を読む方、注意です。

めたぼっちのブログ

人類が火星に移住してから九百年後・・・そこから、話が始まる。
廃墟の都市が埋もれた赤土の荒野が見える温室のような地下で、「ストア」を営む父ワタナベ(橋爪功)とその仲の悪い娘たち。おっとりした妹ダイモス(松たか子)ときつい姉フォボス(宮沢りえ)。ワタナベは、妊娠した若い女(佐藤江梨子)とその子・少年(大倉孝二)を引き入れようとしている。

平和で争いのない人類の幸福を求め、その幸福度を測定し、暴力を吸収するパイパーと共に、火星に移住してきた人間達。鎖骨には、その人間の一生が記録される「おはじき」が埋められていた。

幸福の住人になるはずの火星人類。それが、なぜ、こんな荒廃した世界になってしまったのか。鎖骨にあてると再生する『死者のおはじき』を手懸かりに、その歴史が語られる・・・。

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野田サンの戯曲は面白い。一度みているので、役者は、そのままで、でも頭のなかで再演されます。多少、自分なり脚色というか、演出もあり、戯曲なら、どんなヒサンな場面も耐えられます。

演劇は、やはりリアルなんですね。同じ絵空事でもそれなりの実感、快も不快の伝わるものがあるんですね。虚構だけど現実、虚構だからいっそうリアル。だから、舞台はやめられないのでしょうけど。

姉フォボスは、ペールギュントと駆け落ちした過去があります。そして一人だけ戻ってきました。未だに未練があり、どこかで彼が帰ってくることを期待している。その未練を妹に指摘されます。

ペールギュントは、舞台に登場しません。それは待っても永遠に来ない『ゴドーを待ちながら』のゴドーのようでもあるけど、ペールギュントです。

女を待たせたまま、放浪の旅に出て、好き勝手をした男。放浪の末、死を前にして、戻ってみるとその女がまだ待っていた。しかも男に許しを与え、子守歌で死出を送ってくれる。イプセンの戯曲というより、グリーグの組曲が有名かと思いますが、どうでしょう。

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私が「ペール・ギュント」に興味を持ったのは、大昔、「お耳の恋人」東京FM『野田秀樹のスイッチ・オン・クラッシック』です。もちろん、私はクラッシックに興味があったわけでなく、野田サン独特の作品紹介に夢中でした。この待ってる女のことも、男の側の理想の恋人、ありえないというようなこといった気がします。でも私は、妙に、自分勝手な男を待ってる女、が印象に残っているのです。

なぜなら、私は待つことが好きでした。特にその頃は・・・。

何を待っているのかは、解りません。でも私は、太宰治の「待つ」(『女生徒』と一緒に収録されてると思うが・・)という小品を愛でており、待つこと以外、何もできない自分を何かロマンチックな存在に仕立てていました。

ある意味この『パイパー』は、待っている側のお話です。
 フォボス「希望は絵空事よ。絶望と同じぐらい」
 ダイモス「でも絶望も頭の中での絵空事。希望と同じぐらい」
その末にもし、ペールギュントが戻ってきてらどうなんでしょう?

ゴドーは神の比喩だそうですが、夢想家で自分勝手な死にかけた男は、希望なのか絶望なのか。やっぱり、謎ですかね。

「おい、めたぼっち、減量、待ちくたびれだよ」と
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