占い師のゆーこの鑑定をご希望の方は、
まずはこちらのページをご確認ください。
占い師のゆーこです。
今回の記事は重いです。
のどごしスッキリ!後味爽やか!
ではありません。
「重いの今はいいや~」って方は
また次回来てね!
宿命と環境は一致している方がいいよ、
ということを
よくこのブログで書いています。
貫索星を持つなら、
自分でじっくり取り掛かれる環境、
玉堂星を持つなら、
書物や座学によって学べる環境、
とかとかね。
(すごく基本的なやつ書いたよ)
これね、ほんとにそうだな、
まじでそうすぎるな、
ってめちゃめちゃ思うんですよね。
宿命と環境が合わなさすぎると
自分の本質がねじ曲がりますからね。
ただ、ね。
宿命と環境を合わせることって、
ある程度大人になってからじゃないと
なかなか難しいんですよね。
「この宿命においてここだけは!
この環境だけは必須で
合致させといてくれ!」
っていう環境とは真反対の環境が
幼少期からその人を取り巻いていた場合、
どうしたらいいんじゃい??
って感じじゃないですか。
真反対ですよ。
絶対必須環境の真反対。
貫索星だったら
全ての我儘が通って
自我を発揮する必要が
1mmもない環境とか、
玉堂星だったら
何一つ学ばせてもらえず
親からも引き離されて
ずっと畑だけ耕すとか。
あまりにも真反対過ぎると、
それは後悔や恨みにたどり着いて
その人の人生に大きく影を落とすことになる。
そういう実例ってあるんですよ。
ちょうどこないだ、
でっかいやらかしをした人を見ました。
(あ、このブログ読んでる人は誰も知らない人です)
「何でそんなこと??」
って思って宿命を見てみたら、
よりによってこの宿命で
一番大事な環境である〇〇が
与えられてない状態やん!!
幼少期からこの宿命で
一番大事な要素が
ゴリッゴリに毀損されるような
生き方してきてしまってるやん!!
・・・という状態でした。
その方、もういい年の大人ですが、
幼いころからの宿命と環境の真反対さによって
ねじ曲がりとものすごい傷を負い、
未だにそこから抜け出せないんだ・・・
と複雑な気持ちになりました。
こういう場合って、
どうしたらいいんでしょうね。
子供の頃ってどうしても
生きる環境を親や家系に
強制されてしまうので、
宿命と環境のものすごい乖離の場合は
否が応でも傷を負ってしまう。
この傷はちょっとやそっとでは
治らない。
熱を持ち膿が出て、
苦しみの素になってるけど、
どうしても手放せない。
それだけ強い執着。
環境を選べなかった子供時代を過ぎ、
大人になって独り立ちした後に
やっと向き合えるようになりますが、
そもそも向き合わないくらいに
ねじ曲がっている場合もあるし、
向き合った方がいいとは
薄々分かっていつつも
どうしても向き合えなくて
苦しみもがく場合もある。
そんな状態で、
その人が満たされるわけがないのです。
目に見える形の上での現実では
もしかしたら潤うことは
あるかもしれない。
(いわゆる成功者的なね)
でもそれがその人を
本当の意味では満たさない。
いつまで経っても満たされず、
自分を満たしてくれるものを探し、
やがて、
「何でそんなことした?!」って
人々から疑問を投げかけられるような
やらかしをしてしまうことがある。
誰も幸せにならないですね。
本当に、こういう場合、
どうしたらいいんだろう。
大人になったら向き合えるんだから
自分のためにも向き合った方がいい、
なんて言うのは簡単なんですよ。
それができないから苦しい。
算命学的解決策としては
「次元上昇」なんですけど、
そもそも次元上昇なんて考えられない
メンタルになってたら、
この解決策取れないわけで。
どうしたらいいんだろうなぁ・・・
とすごく思います。
明確な答えなんてなくて、
全てケースバイケースなのですが、
一つの答えを出すのならば
「人」だよなぁ・・・。
向き合うことができない、
向き合うことを許せない人の
運命を変えてくれる「人」との出会い。
それは、
支えてくれる人かもしれないし、
愛してくれる人かもしれないし、
ぶん殴ってくれる人かもしれない。
宿命と環境の真反対的乖離によって
大きな傷を負い続けた人を
変えてくれるような出会いがあると、
また違う展開になるでしょうね。
そういう縁に巡り合えるかどうかは
その人の「徳」や「運」によるけど、
私は、出会ってほしいなぁと思います。
(誰だってそう思うよ)
あんまりはっきりすっきりした
内容じゃないんだけど、
どうしても書きたかったから
書いてしまったわ・・・。
読んでくださって
ありがとうございました!!
