2025年9月の鑑定、満員御礼です。

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占い師のゆーこです。

 

 

 

 

 

John (little time) / Half Dome

 

 

 

 

 

「自分を知る」ことは大事ですが、

それは怖さや恐れも伴うものだと

私は思っています。

 

「こうありたい自分」とか

「及第点の自分」とかから

外れてしまったのが

「本当の自分」だとしたら、

結構、かなり、ショックじゃないですか。

 

他の人誰もが3分でできることを

自分も3分でできると

思っていたけど、

実際は10分かかったって場合、

「自分は普通のことができない!」

って多かれ少なかれ

ショックを受けると思うんです。

 

それが、

自分にとって重要度が高いことなら

余計にショックです。

 

 

 

「普通から外れる」と言えば、

宿命中殺ですね。

(いきなり算命学の話を始める)

 

宿命中殺は

「時間があって空間がない」状態、

宿命中殺となる場所が示す事柄と

不自然な状態になります。

 

生年中殺なら東方(北方)中殺、

親縁が薄いとか

形ある現実の世界と不自然とか。

 

生月中殺なら中央(南方)中殺、

社会や家系との縁が薄いとか

人生そのものの起伏が激しいとか。

 

端的に文章化しましたが、

宿命中殺の出方って

その人にとって

かなりインパクトがあります。

 

だって、

「普通ならそこにあるはずのものが

 自分(宿命)にはない」

わけですよ。

 

普通なら分かること、

普通ならできること、

それが「無」ですからね。

 

この世は「普通の世界」が中庸、

圧倒的多数を占めますから、

その世界で生きていこうとすれば

「どうしても分からない」部分が

生まれてきてしまう。

 

それは、なかなかにしんどい。

 

 

 

私の話で恐縮ですが、

私は生年中殺・生月中殺の2個持ちで

(これを宿命二中殺といいます)

親や家系や社会や仕事や現実や・・・

そういったものの「普通」が

ない宿命となっています。

 

これね、実感として

すごくよく分かるというか、

「どうしても馴染めない」

っていう感覚が終わらないんです。

 

親とのかかわりも、

社会での振る舞いも、

仕事での処し方も、

人との付き合い方も、

形ある現実的なことのやり方も、

「どうしても分からない」

と感じてしまう部分がある。

 

全部ではないのです。

 

でも、どこかが欠けている。

 

「穴あけパンチ」って

あるじゃないですか。

 

あれで空けたような

穴が空いているんです。

 

そして、その穴は、

埋まってくれないんですよね。

 

そういう「宿命」ですから。

 

 

 

自分のことを知るのって

怖くて恐ろしくて

目をつむりたくもなります。

 

でも、自分のことを知らないと、

人生戦略を立てられない。

 

自分のことを知らない状態で

マラソンを走ると、

ペース配分とか給水とか

どうしたらいいか分からないまま

ただ「頑張る意思」だけで

突っ走ることになり、

いずれぶっ倒れるでしょう。

 

それなら、

めっちゃ走るの下手くそな

自分であってもそれを知り、

「下手くそが走り切るには

 どうしたらいい?」

っていろいろ検討して、

走るための戦略を考えて、

最後まで走り切れる方がいい、

って私は思うのですよ。

 

 

 

私は、私と相対する

様々なものに対して

「欠け」を持つ宿命で、

それが自分でも

痛いほどわかりますし、

「なんでだろうな・・・」と

納得したくない気持ちもありますが、

それはそれとして

「じゃあどうする?」って考えたいし、

考えるように心がけています。

 

そして、できることをやるのです。

 

だって、それしか

できないんだもんーーーー涙

 

「馴染めない」「分からない」って

大変なことです。

 

それでも、

この宿命で生まれたってことは

このままで成すべきこと、

与えられた役割があるわけだから、

自分なりに生き切るのです。

 

 

 

自分を知ることは

喜びも悲しみも、

楽しみも苦しみも、

両方ある。

 

でも、自分のために、知るのです。

 

知るからこそ

手に入れられる未来があるからね。

 

 

 

読んでくださって

ありがとうございました!!