2023年5月の鑑定、満員御礼です。

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占い師のゆーこです。

 

 

 

 

Victor Bezrukov / safe place

 

 

 

 

 

前回の話に関連して。

 

 

 

 

後悔につながるようなこと、

主に「失敗」と表現されることを

やってしまった人間は

どう生きたらいいのか?

という話をしようと思います。

 

 

 

算命学では、

物事には必ず原因と結果があり、

不運の大部分は

自然がもたらすものではなく

自分が招いたもの、と考えています。

(算命学用語では畢伏と言います)

 

不運・不幸の原因は

たいてい自分の「精神」にあると。

まあ、そうですよね。

人が何か行動を起こすとき、

その前に決断と想念(欲望とか動機とか)

存在しますからね。

 

失敗するとか嫌な目に合うとか

そういう出来事から生じた

不運・不幸を感じるに至った原因は

「自分の内側・精神」が出発点であり、

自分の在り方・生き方を知らない故に

本来の道から外れた結果、

「そっち違うよ~」という

お知らせ的現象として

不運・不幸を感じるようなことに

なるって話なんですよ。

 

 

 

じゃあどうしたらいいかっていうと、

「自分を知り、自分の本質を

 最大限活用するような

 在り方・生き方をやっていこう」

となります。

 

それは、占い的に言えば

「宿命を適した環境で

 全力で発揮しよう」

ってことなのですが、

どういうやり方がいいのかというと、

「まずは行動」です。

 

自分にできることをやる。

 

失敗してお金に困っているなら、

まずはお金を稼ぐ。

 

やらかして健康を害したなら、

まずは病院に行く。

 

間違えて人間関係が

しっちゃかめっちゃかになったなら、

まずは奉仕(人が喜ぶこと)をする。

 

そうやって「行動」していく中で、

何を良しとして何を悪しとするのか

何が得意で何が苦手なのか

何が楽しくて何が苦しいのか

何が喜びで何が悲しみか

何で役立てて何で足を引っ張るか

・・・などなど、

自分のことが分かってくるし、

ものの見方や価値観が変わって

自分の精神性が向上していきます。

 

自分の精神性が高くなると、

それが低い時よりも

適切な選択をすることができ、

それは行動に反映されます。

 

自分の行動の質・量が上がり、

失敗のリカバリーと

不運・不幸から幸運・幸せへ

転じることに繋がるんです。

 

 

 

ただ、これは、

胆力というか、覚悟が必要です。

 

小さな失敗・小さな不幸であれば、

そんなに覚悟いらないですが、

めちゃくちゃでかい失敗、

「もうこれ取り返しつかなくない?」

「最悪の事態想定するしかなくない?」

というレベルでの大失敗だと、

それ相応の覚悟が必要です。

 

だって、自分のやったことを

真摯に受け止めて、

逃げずに、消えずに、

一歩も引かずに踏みとどまって、

自分にできること、行動をしていく

ってことなんですから。

 

自分がやらかしてしまった「過去」は

どうすることもできません。

過去は、自分の一部なので、

その責任は自分がとるしかない。

自分でどうにかするしかない。

(それが自力的な失敗でも、他力的な失敗でも)

 

その覚悟を持って、

失敗によって生まれた

不運・不幸の燃え盛る炎を

一身に受けて焦がされながらも、

何が自分の「責任」なのか、

何が自分の「幸せ」なのか、

何が自分と他人の「調和」なのかを

考えながら行動していくことで、

失敗や不運・不幸を

乗り越えることができる。

 

いや~、なんというか、

そうなんだけど、

隙がない!!っていう

結論ですね・・・。

(一瞬で解決する裏ワザはないんだなぁ)

 

 

 

一つだけお伝えしたいんですが、

失敗した人は幸せを感じてはいけない

なんてことはない、

と私は思ってます。

 

失敗して、誰かに迷惑をかけた。

その範囲が広かった。

誰かを不幸にしてしまった。

そんな失敗を犯した自分は

幸せを感じてはいけない。

 

そう思う気持ち、分かりますが、

そんなことないですよ。

 

自分の感情・感覚において

「幸せ」を感じることは、

他人がどうこう口出せるものじゃない。

誰も制限できない。

 

それは、自分だけのもの。

 

誰かが、失敗した人に対して

幸せになるべきではない、

幸せを享受するなんて許されない、

と言ってくるかもしれない。

 

それはそれ、なのです。

 

誰かが、失敗した人を

恨み糾弾し続けること、

あっていいです。

 

失敗した人を永遠に許さない人、

いてもいいです。

 

その感情は「誰か」のものですから。

 

でも、

自分自身が幸せを感じることを、

自分自身で止めてしまわなくていい。

 

自分の感情・感覚を

他人に支配されることは

責任を取ることではありません。

 

他人の言を大いに受け止め、

反省し、考え方を見直し、

自分にできることを模索して

現実の行動で返すこと。

それが「責任を取る」ということ。

 

寒い夜にあたたかいココアを飲んで

「美味しい、あったまる」と

心落ち着けるような幸せを

感じてはならない、

なんてことはないのです。

 

誰もかれも、

自分の感情を素直に感じていい。

「やめろ」とコントロールされて

いいものではない。

(失敗した人が幸せを感じることも、

 誰かから傷つけられた人が恨み続けることも)

 

これだけは、忘れないでほしいです。

 

 

 

というわけで、

「失敗した人」は

どう生きたらいいのか?

という疑問について、

算命学的な話をしつつ、

私の思いも書いてみました。

 

あ、ちなみに、

上に書いたことは、

「必ずこうしろ」というものでは

一切ありません。

 

算命学は、

「自然の観点から言うと

 こうした方が良いよ~って

 おすすめするんだけど、

 どうするかは自分で決めろや」

って繰り返し言ってますし笑

 

やはり、自分の生き方、

自分がどうするかは

どこまで行っても自分が決めること。

 

新たな「後悔」を

自分で生み出さないような

生き方がしたいなぁ、

って私は思っています。

 

 

 

それではまた次回。

 

最後までお読みいただき、

ありがとうございます!

 

 

 

 

 

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