見張ること。
それは、自分も相手も許していないこと。
「見張る」とは、コントロールです。
・相手が何してるか気になる
・相手の反応が気になる
・相手を把握したい
なんでこういう気持ちになるかっていうと、
安心したいから。
相手が自分の「想像の範疇」にいる
確証が欲しいから。
でも、この「安心」は脆い。
相手が想像の範疇を超えると、
途端に「不安」になる。
安心のために見張ってるから、
安心を手に入れたくて、
自分の範疇に相手を戻したい。
だから、相手の反応を伺って、
自分を殺して、
相手に合わせる。
我慢やしんどさがたまって、
束の間の安心が手に入る。
相手が相手のままであることや、
自分が自分のままであることを
許せてない。一切。
これ、幸せ??
ちなみに上記は過去の私です。
束の間の安心を失いたくなくて、
相手を見張った。
見張れば見張るほど、苦しい。
だって、自分じゃなくて
相手に囚われてるんだもん。
「見張り」をやめる方法は、
「許すこと」です。
ね、簡単でしょ?
って簡単なわけないやーん!
私にとってはかなり難しかったわー!
ここで一つポイントがあります。
許すとは、相手を許す前に、
自分を許すんです。
相手を見張る自分を許す。
相手に翻弄されている自分を許す。
相手の反応を見て相手を優先する自分を許す。
そして、
相手を見張らないことを許す。
相手をほったらかすことを許す。
相手の反応とかお構いなしで自分を優先することを許す。
そしたら、自然と相手を許せます。
あ、許すことに伴う行動は別の話ね!
まずは「許す」ことから始まるの。
しんどいのは相手のせいじゃないよ。
自分のせいだよ。
自分で自分を許したら、
しんどさは減っていくよ。
って、
めっちゃ「許すこと」ができてる人
かのごとく書いていますが、
私も未だに「見張り」ます![]()
私、不器用っすから、
すぐには解脱できないんですわ。
でも、見張る私を許してるから、
「あ、見張ってる」って気づいて、終わり。
それでいいのだ。