2025年3月26日、私はJR高崎線の桶川駅前にいました。
用事があって桶川駅で下車したところ、この日は折しも、26年前の1999年10月26日、21歳という若さで亡くなられた詩織さんの月命日と気づきました。
のんびりした風景が広がっていて事件のことをブログに書かないで欲しいと思われる住人の方もいらっしゃるのだろうな、、、と想像しました。
事件当時、私は当時25歳、大宮駅は通勤の乗換駅で、詩織さんがストーカーをされるに至った男と出会った南銀座にもよく出かけていましたし、人ごととは思えない事件でした。
人目を引く美人だった詩織さんと違って、昔からオタク気質で全然モテなかった私、大宮を歩いていたところでナンパされることなどほとんどありませんでしたからおばさんになった今となっては美人とは程遠い顔に生まれてよかったのかも知れないなぁと思います。
しかしながら、当時の私は妹や友人が同じような目に遭ったらと思うと、なんとも言えず辛く暗い気持ちになりました。
1999年を振り返って見ると、2000年問題で年明けとともにパソコンが動かなくなるかもしれないとIT関係の仕事をしている人たちはとても忙しそうでした。
「1999年7月、空から恐怖の大王が降ってくる」ノストラダムスの大予言を信じる人たちが大騒ぎして、それにともなって社会不安が増大した時期でもありました。
結局7月には何も起こらず、ほっと一息ついた頃だったでしょうか。
「ストーカー行為規制法」が成立するきっかけとなった【桶川ストーカー殺人事件】。
法律が成立した2000年5月18日は奇しくも詩織さんの22回目の誕生日。
残念なことに法律が出来てからもストーカーによる殺人事件は後を断ちません。
歴史はただひたすらに繰り返すだけなのでしょうか、、、人類は変わることが出来ないのでしょうか、、、。
帰ってから清水潔さん著『遺言 桶川ストーカー殺人事件の深層』を読みました。
以下、上記本の裏表紙の文言を引用します。
【桶川ストーカー殺人事件】
1999年10月26日、埼玉県のJR桶川駅前で白昼女子大生猪野詩織さん(21)が殺された。
執拗なストーカー行為を受け、警察に助けを求めたにもかかわらず起こった悲劇だった。
捜査は進まず迷宮入りかとも言われたが、一人の記者が警察に先んじて犯人を特定、逮捕へと導いた。
その後、この記者の手になる写真週刊誌「FOCUS」の記事をきっかけに埼玉県警上尾署の不祥事が発覚、全国的に警察批判が高まった。
引用以上
当時の警察の対応は本当にひどかったし、各マスコミの報道のあり方もひどいものでした。
警察の記者会見の映像が残っていて検索すると出てきます。時代が違うとはいえ、なんなんだろう、、、と腹立たしく思います。
当時、マスコミの情報を信じてしまった自分にも腹が立ちます。
警察に何度も相談に行ったのに親身になってもらえないばかりか人格を貶めるような発言をされ続けながらも、ご両親と助け合い、普段通りの生活を送ろうとしていた詩織さん。
親しい友人に「自分は殺されるかもしれない」と打ち明けていた詩織さん。
大多数にとっては遊びやバイトに楽しいはずの大学生活、殺されるかもしれないと恐怖にさいなまれながら暮らすことになろうとは、、、
仲間とグルになって執拗な嫌がらせ行為を繰り返していた犯人たち。
携帯を壊させて連絡先を消去したり、詩織さんの友人にも嫌がらせをしたり、陰湿な行為の数々に胸が締め付けられるような気持ちになりました。
「FOCUS」の記者だった清水さんは、詩織さんから遺言を託された2人の友人に出会ったことで変化が起きます。
取材を始めようとした矢先に言われた言葉
「詩織は小松と警察に殺されたんです」
詩織さんの友人たちの話を聞いて、言葉以外の「何か」を受け取ってしまったような気がしたと感じられた清水さん。
ご縁を頼りながら情報をたどっていきます。
もう手詰まりか!と思うと新しい扉が開き、事件が動いていきます。
清水さんがいらっしゃらなければ事件の解決はなかったかもしれないですし、警察の体質は変わらなかったかもしれません。
三流週刊誌の記者とばかにされても、あきらめずに事件に向き合い続けた清水さんを突き動かした言葉以外の「何か」。
受け取った「何か」に突き動かされながら行動していくことの大切さを改めて実感しました。
私自身、亡くなった祖父母、親戚、友人、尊敬する方々、この世に生を受けて天に還っていった大勢の方々から言葉以外の「何か」を感じ取っています。
諸先輩方からバトンが差し出されているのに覚悟が決まらずに受け取れないでいるような感覚を味わい続けています。
具体的にテーマを決めてこれっ!と動くことができないもどかしさ。
一つの問題に入り込むことで他の問題が見えなくなったり身軽に動けなくなることへの懸念があります。
一方、全体を見ようとすればするほど、社会全体の歪みや現代社会への違和感ばかりに目が向きます。
詩織さんが生きていたら5月18日で47歳。
詩織さんのお父様は警察職員に事件のことを伝える活動や講演活動を続けていらっしゃいます。
残念ながら伝わらない人もいるけれど、あきらめずに伝え続けることで誰かの心に火が灯ることもある
自分の置かれた今を信じて、出来ることを、、、。
最後になりましたが、詩織さんのご冥福を心よりお祈りいたします。
お読みくださりありがとうございました。
みちより




