体はいつも寂しい | 地球を楽しむ

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日々のこと

毎日暑いですね。


オリンピックが始まり4連休ですが、


うちは夫がほぼいないし息子も朝練があるため、


連休感なく過ごしています。



さて、先日ブロ友さんが紹介されていた映画


「アデライン、100年目の恋」を見ました。


29歳で体の老化が止まり、


不老になって生きる女性の話です。


体が衰えないのは嬉しいことです。


若く健康な体に成熟した心と知性と経験。


理想的です✨


でもそれも、ひとりだけとなると孤独ですね。


好きな人と一緒に生きることも叶わず、


100歳ともなると、見た目には


娘が自分のおばあちゃんのようになります。



これが、みんなが20代で


老化がとまるならどうかしら。


自分の子供たちや孫たちが


同年代の体に追い付いて、


いつしか同じ目線で対等となり、


楽しんで生きていけそうですね。



私がこの映画を見て一番感じたのは、


そんな風に人との関わりに肉体が


いかに大きな鍵となっているか、でした。



体さえ若ければ、


自分から見ると子供にもほどがある


80歳下の異性とも恋愛になる。


不思議だ。


逆にアデラインは、


100歳越えだけど体は20代で、


自分により精神年齢の近い80代の男性に


新たに恋することはできるのかしら?


(それでも30歳近く下!超年下ですよ 笑)


私ならできない気がします。


そして、もしもアデラインが実際の年齢…


100歳越えのヨボヨボのおばあちゃんに


瞬時でなったとしたら、


彼女を愛した若者は、


恐らく彼女を愛することは変わらずとも、


その愛の種類が変わるんじゃないかしら。



そう考えると、人間て


肉体にアイデンティティーの


多くがあるものなのかも。


肉体に合わせて、人との関わりの種類が


決まってくるんだ、


ということに気づきました。


肉体によってできる経験違う


という部分も大きいですしね。





先日聞いた話で、


「体はいつも寂しい」というものがありました。



陽である魂が夫で、陰である体が妻と考えられ。


魂は輪廻転生で次の体(新たな女性)へ行き、


自分はいつか捨てられると知っている体。


一緒に生きていても、心は他人や、目標や、


どこかへ飛んでいることが多くて


(心当たりあるなぁ)


体はいつも寂しいんだそうです。


なので体に、「もう死ななくていいよ」


「ずっと一緒に生きていこうね」


と声かけしてあげることが


最高の自愛となる、と聞きました。


そして本当に死ななくていいんだ、


ということでしたが


それは私にはまだ難しそうです 笑



ここだけ言うとかなり


突拍子もないように聞こえますが、


でもちょっと、今回の映画を見て


繋がる部分がありました。




体というものが生き方や存り方に与える影響を


みくびっていてはいけませんね。


とりあえず、こんな無駄にブヨブヨさせて


なまらせていてはいけないわあせる



ありがとう




ごめんなさい




許してください




愛しています