見失いかけてた日々のお見送りとお出迎えの意義 | 地球を楽しむ

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日々のこと

私が子供の頃、父が出掛ける時と


帰ってくる時には必ず家族揃って


お見送りとお出迎えをしていました。

それは疑問の余地のない反射的行動になっていて、

今の家庭でも当然そうしたいと思っていますキラキラ3

娘が小さな頃は、夫が出掛ける時には


一緒にお見送りをしていました。

でも、娘が大きくなると


朝起きるのが夫の出勤より遅くなり。

息子の方は起きてるくせに、


幼稚園くらいになると

お見送りに出てきやしないえー?

諦めずに「◯◯(息子)、パパが出掛けるよ~!」

と呼び続けても、玄関近くの廊下まで来て

「いってらっしゃい終わり!にひひ

とほぼ顔を見せずに去っていく毎日です苦笑


それでも私は家族みんなのお見送り、


お出迎えをしていたんですが。

去年くらいから、夫のお見送り以外は


手抜きするようになってました。

夫が帰ってきてもリビングから


廊下に出てくる位、とか。

娘や息子が出掛けるときも、

急に「いってきま~す」と言われて


間に合わないこともあり、

ま、いっかで出て行かないことが増えてました。

特に息子が外に遊びに行くときは


「ま、いっか」度が高くて。

息子は出入りが多くて


いちいち反応してられないっていうのと、

下で遊んでるだけだしっていう


意識があったんでしょうね。



そうしたら今日のこと。

息子がお昼ごはんを食べに一旦帰ってきて

また「いってきま~す」と出ていく時に、

私はいつもの調子で用事をしながら上の空で

「いってらっしゃ~い」と答えたら。

息子が玄関からニコニコして、

「ママぁ、


パパとお姉ちゃんが行くときは玄関に来るのに


なんで◯◯(息子)の時は来ないんやろう」って。


えっ、ごめーん!びっくり



そんなこと気にしてると思ってなかったあせる


お見送りやお出迎えって、

「あなたを大事に思ってますよ」という

愛情表現にもなっていますよね。

その辺りに敏感な息子は、


なんか自分は大事にされてない・・?って

感じていたのかも。

そして私も、都度お見送りとお出迎えに出るのは

地味に手間なのに誰も喜んでくれる気もせず、

それに子供たちだって


気持ちよく夫を見送ってくれてないし・・↓↓

みたいな、無意識の拗ねというか


心の消耗があったように思います。

いや~、気づかせてもらってよかったきら



外出先で安全に、気持ちよく過ごせますように


と愛情を込めて見送って。

無事に帰ってきたことを喜んで出迎える。

これは私にとってとても大事な家庭内の

役割だということを再認識しました。

そして家族が行くべきところが


たくさんある充実した日常を送り、

無事に帰ってきてくれることが

どれだけ感謝するべきことか・・と、

義務感ではない、


暖かいモチベーションが生まれた感じおねがい

息子には謝って、


ぎゅっ~とハグしてお見送りしましたハート





ありがとう


ごめんなさい


許してください


愛していますキラキラ



混沌と対立
風に身を任せ、あなたの中のすでに必要のない部分を捨て、新しいあなたに変わるための種を巻きましょう。
理解されるより理解するときです。

考える人
計画的な行動が必要です。
豊かな人生を実現するために必要な手順に焦点をあて、今日やるべきことを書き留めましょう。
効果的な戦略をたてるためにスピリットが協力してくれます。