ボランティアスタッフとして施設に残った私。
一日、掃除したり布団干したり、
一日、掃除したり布団干したり、
スタッフのご飯作って片付けて。
合間にはひたすら瞑想。
スタッフはもちろん、全員が瞑想経験者。
そしてベテランさんが多いのです。
そんな、瞑想ベテランの皆様が集まって
ホールで瞑想するとね、
空気が違うんです。
初心者が多いコースの時と、全然違う

私にもそれがよく分かって、驚きました。
なんか、空気が濃い。
パワーがある感じ。
より、心が落ち着くんですよね。
そういえば、10日間のコース中も、初日と最終日では
空気が全然違ったもんなー。
そういえば、10日間のコース中も、初日と最終日では
空気が全然違ったもんなー。
そんな感じで、更に濃い時間を過ごした3日間。
いつもと同じように瞑想していたのですが・・・・。
なんだかだんだん息苦しくなって。
え??なに??と思っているうちに、
周りがパーッと明るくなって。
いや、向こう側に白くて明るいところがあって、
そこに吸い込まれていくような感覚。
そして、
「大丈夫だよ。」っていう声が、
頭の中に響いたのです。
そして、自然と溢れる涙。
ああ、そっか、私、大丈夫なんだ、と、
それが心にスっと落ちてきて、理解する。
「大丈夫だよ。」っていう声が、
頭の中に響いたのです。
そして、自然と溢れる涙。
ああ、そっか、私、大丈夫なんだ、と、
それが心にスっと落ちてきて、理解する。
それからゆっくりと元のところに戻る感覚。
瞑想時間が終了してからも、
瞑想時間が終了してからも、
しばらく目を開けることができず、
立ち上がるのにも時間がかかりました。
涙は流れ続けていて、
暑くてかく汗とはまた違う汗をかいていた。
立ち上がるのにも時間がかかりました。
涙は流れ続けていて、
暑くてかく汗とはまた違う汗をかいていた。
けど、なんかすごくスッキリして、
心が軽くなっていた。
実はですね・・・。
コースに参加する1年ちょっと前に、
叔母が亡くなったのです。
その時私はモロッコを旅していて、
死に目に会えなかったどころか、
予定を切り上げて帰国する事もせず、
予定を切り上げて帰国する事もせず、
告別式にも参加しなかった。
亡くなった叔母とは色々あって。
4歳の時に両親が亡くなってから
私たちを引き取って育ててくれた、
母代わりだった人なんですが。
母代わりだった人なんですが。
どうにも合わなくて、うまく行かなくて。
彼女からはずっと
「お前なんか不幸になればいい。幸せになんかなるはずがない。」
って言われてた。
「お前なんか不幸になればいい。幸せになんかなるはずがない。」
って言われてた。
それで、苦しんで、悩んで、
「あんな人、いなくなってしまえばいいのに。」
って、ずっと思ってた。
「あんな人、いなくなってしまえばいいのに。」
って、ずっと思ってた。
「いなくなればいいのに。」って思ってた人が
本当に急にいなくなってしまって。
だから私も、彼女に言われていた通りに
だから私も、彼女に言われていた通りに
不幸になるんでは、って、恐怖があった。
理解し合えないまま、
理解し合えないまま、
きちんと話す事もできないまま、
会えなくなってしまったという
後悔もあった。
後悔もあった。
そんなモヤモヤした気持ちで参加していたのです。
そこで、最終日に聞こえた「大丈夫だよ」のメッセージ。
あ、そうか、
私、もう大丈夫なんだ。
って、ストンと、心に落ちたのでした。
タイミングが良いのもあったけど、
しばらく忘れていたヴィパッサナーのコースに
参加しようと思ったのも、
なんとなく、最初から、
なんとなく、最初から、
コース終了後はボランティアスタッフやろう
って思ったのも、
このためだったんだな~とか思ったり。
って思ったのも、このためだったんだな~とか思ったり。
あんまり人に言ってなかった、
私のフシギ体験です。
ドン引きした方とか、いらっしゃったらすみません。
普段は、スピ系の事とか霊的なものとか、
ドン引きした方とか、いらっしゃったらすみません。
普段は、スピ系の事とか霊的なものとか、
全く縁がないんですけどね・・・・・。
これに参加したらみんな何かがあるってワケではないと思いますが。
ヴィパッサナー瞑想シリーズ
ヴィパッサナー瞑想修行ってナニ??
ヴィパッサナー瞑想修行、施設をご紹介
ヴィパッサナー瞑想修行、その内容は??
ヴィパッサナー瞑想修行、私の場合。その1
ヴィパッサナー瞑想修行、私の場合。その2
ヴィパッサナー瞑想修行、終了後。



