以前ご紹介したこの記事

私がいつも心に持つお守りとして

大事にしている「手紙」をくれたのは、

 

 

母より少し年上の方で

私の実家が今の場所に引越してきてから

ずっと母とお付き合いがあった方。

実家は築45年

 

 

残念ながら母とその方は過去形に…

私は今でも時々

アドバイスを貰ったりして会っています。

 

 

家族の笑顔が増える 心地いい暮らしを

インテリアスタイリスト 秋吉のりこです


 

日曜日は遠距離介護している実母のこと

管理している実家のことを書いています



同じ町内だけど

子供の学年も違って

私はその方のお子さんとは交流が全くなく、

 

 

母は一緒にお化粧品などを買ったり

お手入れをして貰っていたグループの一人として

その方ととっても仲良くなったようです。

昔よくあったお化粧品の訪問販売

 

 

私が物心ついた時には

その方は母にとっても

大きな存在だろうと思える関係で、

2人とも小さい頃からの苦労の経験が似ていた

 

 

いつもべったりではないけれど

定期的に一緒に旅行に行ったりしてて

お友達の中でも

本音を話せる組み合わせに見えました。

 

 

母がクモ膜下出血で倒れた時も

誰よりも早く病院に来てくれて

父と私を励ましてくれて。

 

 

そして、母が倒れてしまったことを

「悲しい、寂しい、私より若いのに何で!」

「お酒もたばこも吸わなくて、

人一倍健康に気を使っていたのに何で?」と

一緒に病院の廊下で泣いてくれた人。

 

 

母が初めて施設に入った時も

沢山アドバイスを頂いて

本当にお世話になって。

その方はお義姉さんが施設に入所されてて

毎日通ってお世話をされてました

 

 

母にもよく会いに行ってくれて

母も会うたびに喜んで、

嬉しそうに報告してくれてました。

記憶が間違っていることは多かったけれど!笑

 

 

でも、デイサービスに通い始めて

しばらくたってから

母の認知症が進んで、

感情を抑えきれなくなる時期があり…

 

 

母は何十年も親しくしてきた親友を

恨むようになりました。

 

 

「髪、伸びたね、そろそろ切ったらいいね」

と声を掛けて貰ったのが

「髪が長すぎる、おかしいと言われた」

という記憶になり

怒りの感情が忘れられず、

 

 

何が原因かは忘れても

「嫌なこと言った人」

「私の敵」

みたいな存在になってしまったのです。

認知症の人は怒りの感情が残りやすいと

その時の施設の社長に教えて貰いました

 

 

認知症の人の感情のことは

その方もよくご存知だったので、

「悲しいね、残念だね。

だけど、しょうがないね」って

私に言ってくれてました。

私も切なかった、とっても

 

 

母は感情をコントロールすることが難しくなって

認知症の程度が違い過ぎる方とも

一緒に居られなくて施設も変わりました。

 

 

(母の方が軽いけどやっぱり認知症だし

    重い人のことを理解できず

    暴言吐いたりしてました)

 

 

環境も変わって

認知症の程度も母より軽い人や

同じくらいの人との時間が増え

薬も少し飲むようになった今、

母はあの頃が信じられないくらい穏やかです。

 

◇◇

 

母の心にはもう

その方への憎しみはないようです。

忘れてると思う

 

 

もう一度ちゃんと

会わせてあげたいと思うけれど

もう難しいかな…

 

 

母に聞いても

「忙しいだろうから、会わなくていい」と言うし

何か引っかかる気持ちを持っている感じもします。

記憶があるのかな…分からない

 

 

その方には辛い思い出として残っているだろうな

だから本当は最後に

親友としての穏やかな時間を

一度過ごせたらいいのにと思ってしまいます。

 

◇◇◇

 

それは私の個人的な気持ち、

本当にそれが必要なことなら

きっとそのタイミングが来ると思う。

 

 

だから、

その時が来た時には

私の感謝の気持ちも込めて

お手伝いしたいと思っています。

 

 

友だち追加

 

初めましての方へ
自己紹介をしています!よかったら→マイ・プロフィール