久しぶりに降りた改札で、目についた。
こういった自動販売機と言えば良いのか、自動受取機と言えば良いのか…というものが、大きな駅に増えてきているので、その類というのはわかった。
デザインが目についたのもあるし、これまで見たことのある会社のものでは無さそうというのもあって、気になった。
近づいてみるとコーヒーを買えるのだとわかった。
メーカーはどこだろう?と思ったらroot Cと書かれている。
説明を見ると、購入時に好みを入力していくことでパーソナライズされるらしい。
確か、サブスク通販型のコーヒー店がテレビで取り上げられていたからその会社がそんな名前だったか…と調べてみたが、また別のようだ。
調べてみるとサブスク型も増えているのだなぁ。
コーヒーを、仕事として入れることもある立場としては複雑だ。
AIの台頭で人がいなくなるとは言われてきているが、なかなかにピンポイント。
コンビニで淹れたてコーヒーが売られるようになって既存のコーヒーメーカーの業績が厳しくなっていたところもあるのに、さてどこまで影響するのだろう。
一方で、スーパー等で進められてきたセルフ型レジについて、有人に戻していく流れもあると聞く。
何でもそうであるけれど、試してみてわかることや、机上で出た答えと現状生活をしている人たちの出す答えとのGAPもある。
人の介在は、あった方が良いと思えることもない方が良いと思えることもある。
AIがどれだけパーソナライズしてくれたとしても、それはコーヒーの味に関するところまでで、会話をしたりその他の要望を聞いてくれることはない。
人と関わらずに単に飲めたらそれでいい時と、コーヒーをきっかけに会話をしたり近隣の情報などを得たい時で使い分けることになるだろうと思うのだけど。
こう言った自動販売機や自動受取機がどんどん出てくるのは、人の介在を不要と考える人が増えているということなんだろうか。
この、“人”はどこまでを指すのだろう。
私は、“私”が効率やその時の気分のみで、“他の人”との関わりを全部要らないと思った時に、その“他の人”にとっての“他の人”に“私”はなってくるのだと思う。
それはもはや“私一人”という空間が人の数だけただあるという世界線になるのかな。
もちろんそんなことは起きえないけれど、精神的なところでは少しずつ起きてきているのかもしれない。
コーヒーを、私一人の世界で飲んでみたい時に、買ってみようと思う。
