オリジナリティって何?
おはようございます。はしのん。です。
昨日、職場でこんな言葉に出会いました。
Aさん:「この仕事(研究)は、私にしかできない仕事だから」
周りの人もうんうんと頷いていました。
........何か、引っかかったのです。
この後、だから価値がある、というような意味の話になりました。
本当にそうでしょうか?
私は、大学で研究員として仕事をしています(実際には、研究支援に近い仕事です)。
もともと研究員でしたし、私自身もそうやって生きていくことを望んでいましたから、
常に
「オリジナリティのある研究を」
「私にしかできない成果を」
ということばかり考えていました。
他と差をつけて、自分の存在意義を見出す、自分の価値証明をしようと
躍起になっていた、といってもいいかもしれません。
一方で、大学外の友人と話していると、よくこんなことを言われました。
「いいよね、あなたは。あなたにしかできない仕事で。
...私の仕事なんて、誰にでもできるし。
代わりはいくらでもいるし。」
こう言われちゃうと、何も言えなくて、黙りこくってしまう自分がいました。
その時私が感じていたのは「疎外感」でした。
でも、これは自分のことばかり見ていたから。
今なら、自身を持って言えます。
すべての仕事は、誰にでもできる仕事だし、
そしてあなたにしかできない仕事。
だと思うのです。
たとえば書類のコピー。
コピーだったら私にでもできます。
でも、あなたと同じように心をこめてコピーはできない。
誰かお客さんのためにお茶を淹れる。
私でもお茶を淹れることくらいできます。
でも、あなたと同じような、「あなたとお客さんの関係性」を私は持っていないし、
「あなたがお客さんに対して持っているような印象」を、私は持っていない。
だから、あなたが淹れたお茶は、あなたにしか淹れられなくて、
私が同じ心をもってお茶を淹れられない。
家事も同じ。
掃除する、ご飯を作る、という作業だけをみれば、私にもできます。
でも、あなたのような心で家族を思いながら掃除することはできないし、
あなたが、あなた自身や家族の健康を考えながらやるように、
ご飯を作ることはできない。
研究でさえもそうです。
ベースとなる勉強、問題設定、研究の仕方、論文の書き方、、、
こういったものは、訓練次第でなんとでもなります。
だから、研究者はやろうと思えば誰にでもできます。
ただ、今まで生きてきた、やってきた経験はあなたにしか持ち得ないから、
あなたという人間性が染みだした研究は、
あなたにしかできない。
作業という側面と、あなたという人間性とを、
仕事の上でごっちゃにしないでほしいなぁ、、と思うのです。
だから、
「私の仕事は誰にでもできるから」 と あなた自身を卑下したりしないでほしいし、
「この仕事は私にしかできないから」 と 執着し過ぎないで欲しいのです。
その仕事は、誰にでもできます。
でも、あなたがやるから、あなたのオリジナリティが出るだけなのです。
どうでしょう?
みなさんはどう感じられますか?
ではでは...
はしのん。
おはようございます。はしのん。です。
昨日、職場でこんな言葉に出会いました。
Aさん:「この仕事(研究)は、私にしかできない仕事だから」
周りの人もうんうんと頷いていました。
........何か、引っかかったのです。
この後、だから価値がある、というような意味の話になりました。
本当にそうでしょうか?
私は、大学で研究員として仕事をしています(実際には、研究支援に近い仕事です)。
もともと研究員でしたし、私自身もそうやって生きていくことを望んでいましたから、
常に
「オリジナリティのある研究を」
「私にしかできない成果を」
ということばかり考えていました。
他と差をつけて、自分の存在意義を見出す、自分の価値証明をしようと
躍起になっていた、といってもいいかもしれません。
一方で、大学外の友人と話していると、よくこんなことを言われました。
「いいよね、あなたは。あなたにしかできない仕事で。
...私の仕事なんて、誰にでもできるし。
代わりはいくらでもいるし。」
こう言われちゃうと、何も言えなくて、黙りこくってしまう自分がいました。
その時私が感じていたのは「疎外感」でした。
でも、これは自分のことばかり見ていたから。
今なら、自身を持って言えます。
すべての仕事は、誰にでもできる仕事だし、
そしてあなたにしかできない仕事。
だと思うのです。
たとえば書類のコピー。
コピーだったら私にでもできます。
でも、あなたと同じように心をこめてコピーはできない。
誰かお客さんのためにお茶を淹れる。
私でもお茶を淹れることくらいできます。
でも、あなたと同じような、「あなたとお客さんの関係性」を私は持っていないし、
「あなたがお客さんに対して持っているような印象」を、私は持っていない。
だから、あなたが淹れたお茶は、あなたにしか淹れられなくて、
私が同じ心をもってお茶を淹れられない。
家事も同じ。
掃除する、ご飯を作る、という作業だけをみれば、私にもできます。
でも、あなたのような心で家族を思いながら掃除することはできないし、
あなたが、あなた自身や家族の健康を考えながらやるように、
ご飯を作ることはできない。
研究でさえもそうです。
ベースとなる勉強、問題設定、研究の仕方、論文の書き方、、、
こういったものは、訓練次第でなんとでもなります。
だから、研究者はやろうと思えば誰にでもできます。
ただ、今まで生きてきた、やってきた経験はあなたにしか持ち得ないから、
あなたという人間性が染みだした研究は、
あなたにしかできない。
作業という側面と、あなたという人間性とを、
仕事の上でごっちゃにしないでほしいなぁ、、と思うのです。
だから、
「私の仕事は誰にでもできるから」 と あなた自身を卑下したりしないでほしいし、
「この仕事は私にしかできないから」 と 執着し過ぎないで欲しいのです。
その仕事は、誰にでもできます。
でも、あなたがやるから、あなたのオリジナリティが出るだけなのです。
どうでしょう?
みなさんはどう感じられますか?
ではでは...
はしのん。