運のいい人がいます。
なぜか
周りに好かれる。
上から取り立てられる。
下から好かれる。
欲しいものを手に入れている。
ここぞ!の場面で決めている。
「なんで運がいいんだろう?」
思いきって聞いてみました。
「何を大切にしているの?」
答えは
「無理をしない」でした。
あ~。無理しまくってる~。
カラダに負担をかけて
ココロに蓋をして
時間に追われて
一日を終えていく。
無理しまくってる(笑)
それでですね。
無理ってなんだ?と
思ったわけです。
理が無いこと。
理ってなんだ?
で調べました。
理 (り、Lĭ)とは、
中国哲学の概念。
本来、理は文字自身から、
璞(あらたま)を磨いて
美しい模様を出すことを意味する。
そこから
「ととのえる」「おさめる」、
あるいは
「分ける」
「すじ目をつける」
といった意味が派生する。
おっと!!!!
理とは
「分ける」
「おさめる」
「ととのえる」って
おかたづけではないですか!!
つまり
無理=おかたづけが(できて)無い
ってこと~!!
つまり
運がいい=無理しない
運がいい=おかたづけ出来ている
つまり
おかたづけしていると
無理しなくなって
運がいい人になる!!
おかたづけは無理をしてすることではありません。
今している無理に気がつくためにするのです。
毎日無理を重ねていると
自分の無理にさえ気がつかなくなるのです。
無理に気がつかなくなると
「私はもっとできる」
「もっと頑張れる」
「無理が快感」←変態
な~んて状態になってくるのです。
無理の山は知らぬ間に
重くのしかかり
いつの間にか
人を押しつぶすのです。
こえ~。
押しつぶされる前に
無理を止めるのです。
とはいえね。
無理を止めるって怖いんですよね。
変化だから。
環境。
人間関係。
お金の流れ。
変わったら怖いですよね。
でもさ。
引き出し一個位なら変わってもいいんじゃないかしら?
靴箱の一段位変わってもいいんじゃないかしら?
ちいさいちいさいおかたづけをしていくことで
変化しても怖くないことに
気がつくのです。
変化は怖くない。
それは
無理を手放すことがから。
山盛りの無理を握りしめていた手を広げ
空っぽになった手で
運をつかむのです。
そう速くもないスピードで
ウヨウヨしている運を
捕まえるのです。
※昔の運はたぶん速かった。
でも
スピード化の時代。
人は進化して運のスピードを超えている
と思うのは私だけでしょうか?
おかたづけは開運のちいさい一歩です。
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