能meetsブログ特別企画
番外編③ 能の道具 其の六
衝撃の前回のデジャヴ番外記事でしたが…
ちゃんと本来の続きが先生より届きました。
良かったです。
今回は「歩む」をテーマに道具を紹介いたします。
「歩む」はもちろんお能の世界では「摺り足」ですね。
お能の主人公はあの世や月の世界、または地獄など、異世界からやってくることが多く、現世とその異空間との距離感のようなものが表現できるようにいつも気を付けていると先生は仰います。
こちらはお箸ではありません。「杖」です。
「距離感」をより分かりやすく表現するのが、こちらだそうです。
「突き杖」
こちらは杖を写真のように舞台の板にほぼ垂直に(実際には垂直ではないそうです)突いて歩んでいきます。
「養老」に登場する、樵(木こり)の老人がついていたり、その他「藤戸」
では戦功を挙げたにも関わらず口封じの為に殺され海に沈められた漁師の霊が、やはり杖を突いて現れます。
「突き杖」は、足が悪いという表現というよりも、「老い」の表現であったり、「遠い世界から遥々やって来た」という表現なのではないかと思うと、先生。
「藤戸」では、殺された暗い海に沈められ鬱々とした暗い世界から、全身ずぶ濡れになってヒタヒタとやって来る。そういうイメージがあるそうです。杖を突いて登場する方が、その距離がしっかりと見て取れるように思うと先生は仰います。
同じ杖でもこちらは「めくら杖」(放送禁止用語ですが、今でもこう呼んでいますのでそのまま載せます)
文字通り盲目の登場人物が使う杖です。
突き杖とめくら杖は材質は同じですが長さが違います。
突き杖がすぐ足元につくのとは違い、めくら杖は、板に杖をつける場所を体より遠い所にします。
体より遠いところでつく事で、自分には見えない障害物を察知するという表現ですね。
「弱法師」「蝉丸」「景清」に使用されます。
先生は「蝉丸」しかまだ勤めておられておらず、それも代役だったそうです。
林本:
あまりこの杖をしっかり稽古する時間もなく本番を迎えてしまいました。
申合せの時には杖を意識し過ぎて、一足一足出る度に杖をついて歩み、後で先輩方に「そんなに何回もつかなくていいんだよ。」と注意されました。
本来は左足を出すときには、先に左に杖をつき、障害物がない事を確認してから左足が出る。その次は右についてから右足…この連続ですが、これをそのまま全て行わず、ある程度はつくのを省略するそうです。是非とも実際の舞台でご覧ください。
林本:
盲目の風情があれば、本当に杖をつかなくてもいいという事でしょうか
なるほど。
写実をあまり選ばないお能ならではの表現という事ですね。
この盲目の表現を写実的に実際にリアルにするのか、という事で私も疑問に思っていましたし、先生もよく聞かれると仰った
「能面の中で目を閉じているのですか?」という質問。
林本:
これは恐らくですが、演者によって様々です。
「目を開いてて、それでいて盲目を演じるべき」と仰る方もいますし、「盲目の心なんだから目は閉じるものだ」という方も。
ただ現実的には全く見えないと不都合も起こりますので、「半眼」にする方も。これはそれぞれですので、その都度演者が能面の中でどのように実際の眼を使っているのか、ご想像にお任せします。
「蝉丸」のお役の中で、月を眺める型がありました。
本番を終えた後、ある先輩に「君自身の目で見ようとしていたな。蝉丸の能面の目で見るのも駄目。そのような事では盲目の心が分かっていない。」とご指摘を受け、ハッとした事を覚えています。
この言葉を聞いて、ますますお舞台を拝見したくなったのですが、先生から朗報が!
林本:
本年、またこのめくら杖をつく機会がいただけそうですので、舞台迄にしっかりとこの杖を学んでおきたいと思います。
という事です。
またこちらでも詳細をお聞き次第お知らせいたしますね。
開催されることを祈ります!
また杖以外にも手にする事で、その場の状況や今の心境を表現する道具もあるそうです。
「笹」は「狂女」が手に携えて登場します。
子が行方不明になり、必死で探す母親の狂乱状態、または興奮状態を表すとされているそうです。
笹の葉は向きがバラバラ。それを自身の気持ちの躁鬱の変化になぞられていると言われているそうです。
ちゃんと理由があるというのが面白いですね。
「松明」
「鵜飼」で闇夜の中、鵜を使う老人が持ち
「夜討曽我」では夜襲をかける曽我五郎時致が持ちます。
林本:
松明を持っているという事は、その場面が真っ暗闇であることを暗示しています。今は「真っ暗」といってもどこか電気の灯りが付いているものですが、昔の真っ暗闇とは一体どのようなものだったのでしょうか。
そうですね、一言で暗闇と言っても、昔と今ではまったく違うのかもしれませんね。
この松明を唯一の灯りと想像して舞台を拝見すると意味合いや見える景色や感じ方が変わってきそうです。
抽象的な表現が多いお能の中で、その意味合いがしっかりとした道具によって、より想像が豊かになりますね。
抽象の中のポイント的な具象。
お能の魅力だと本当に思います。
もちろんその中に「笹」のような、説明を聞いて更に感銘をうけるようなものものあったりするのがまた、お能がわからないからこそ、「知る」ことによってより楽しめるものだと改めて感じました。
余談ですが…
道具の写真を撮影したスタッフが、先生が着替え終えられた靴下を撮影してそれも道具の写真と共に送っておりました。
すると先生はこの「歩む」のテーマで使う道具を「突き杖・めくら杖・松明・笹・靴下」と最初の打ち合わせで書いておられ…
ちょっと笑っていたのですが、今回実は「靴下」にも解説を書いて送ってくださいました。
それはこちらには掲載せずただただスタッフを楽しませるためだけに書かれたものだったのですが…結構な長文で
中々活動が出来ず、不安や不便なことが多いこの時期に、前回の二度同じテーマの解説を送ってこれらた事と共に、スタッフ陣を大いに楽しませていただきました!
真面目な緊張感の中での、ワンポイントのユーモア。
これが先生の魅力なのですね。
先生、ありがとうございました![]()
次回のテーマは「舞う」。
こちらで一旦道具の解説は終了となります。
そのあと杉江能楽堂事務局の伊地知さんに+αで、スペシャルゲストを迎えての対談をお送りします。
楽しみにお待ちください!







