「自信」がなかった自分が
鹿児島に戻ってきてから
どうやって自信をつけていったか
その経緯を思い出すために、
公にしていなかった
過去のブログ
(東京に住んでいときに
吐き出し用として書いていたブログ)
を全部読んでみた。
自分でいうのもなんだけど、
刺さる〜〜〜〜
(笑)
正直、
当時の感情や出来事は
もう忘れてるものも多くて、
他人のブログを
読んでいるようだったよ。
でも、
とっても暗くてツライ心の内情が
そのまま書かれてあるから、
(身バレしないように
出来事を抽象的に書いてたりもしてるけど)
◆共感したい人
◆昔の私がどれだけ暗かったか
ツラカったかを知りたい人(笑)
は、ぜひ読んでみてねー![]()
![]()
*・゜゚・*:.。..。.:*・
※注
ただし、
すごく苦しい気持ち
になります(笑)
(気づきのある記事もあるよ)
※心屋に出会ったのは、2012年(らしい)
※ 2015年4月 ▶︎退職願を出す
2015年8月半 ▶︎退職
2015年8月半 ▶︎鹿児島に戻る
2012年12月 ▶︎ブログ終了
の約1年弱の記録です。
*・゜゚・*:.。..。.:*・
2015/2/17
私は綺麗事をいう人が
(その瞬間だけ)キライ。
私のために言ってくれてるのかもしれないけど、
大丈夫だよ
心配してるよ
大切だよ
と言われても
・・・・・
そんなこと言ったって
あなたには「あなたの大切な人」がいて、
結局その人の元に戻るんでしょう?
そしてあなたも、
その人の「大切な人」なんでしょう。
あなたに何がわかるの?
と思ってしまう。
みんな「大切な人」がいて、
みんな「大切にしてくれる人」がいる。
私には、いない。
あなたにはわからない。
わかった気にならないでよ。
そんな気休めの言葉なんて
いらない。
そう思ってしまう。
2015/3/4
能力がなかったら、
自分の主張・希望を言う権利がない。
納得いかなくても、
権力ある人の言うことに従わなければならない。
バカにされる
その苦しい環境から抜け出すことができない
先の見えない将来を
一生見続けなければならない
・・・・・
じゃあ、能力があったら?
・・・・・
今飛び立てたとしたら?
どこに飛び立てばいいのか、
自分でも行き先がわからない
風船のようにあてもなく、
いまいる場所(確実な場所)
を捨てて
さ迷わなければならない
飛び立ちたいのに飛び立てない自分
を見なければならない
不安・一人を
感じなければならない
今の環境にまた
戻らなければならない
かもしれない
2015/3/8
ちょうど昨年の今頃から
約半年間、
「すべての感情が死んだ」
と感じた時期があった。
もう心が何も感じず、
ただ外側にある身体だけが
毎日動いている状態だった。
・・・・・
そして
そのときに考えていたことは、
昔考えていたこと同じだった。
「現実なんか見ていたら
生きていけない。
前を向いて笑って幸せな人生を送りたい。」
と。
だから今までいろんな人に
「豊栄はいつも笑顔だね!」
「話すと元気になる」
と言われるくらい、
怒りと哀しみという感情を
切り捨てて
ずっと笑って生きてきた。
でも
そうして生きてきたからこそ、
限界が来てしまったんだと思う。
BEトレ行ってきた。
ワーク開始直後に
血の気が引いた。
すぐに答えが出てきたから。
そしてそれが
ずっと望んでいるけど
手に入ってないものだったから。
もう泣きそうで
息をするのが精一杯だった。
私にはない。
どうやって手に入れたらいいのか
わからない。
201/3/29
やりたいことを
押しきってでもやる力が
今の私にはない
ことが悲しかった。
以前のように
よかれと提案してくる内容が、
私にとっては一番嫌なことだということを
未だに理解してくれないことが
腹立たしかった。
何で押し付けてくるの?
何で否定するの?
あなたたちにとっての幸せが
私にとっての幸せとは限らない。
親子でも、
人間なんだから考え方は違う。
私は
あなたたちの人形じゃない!!
お父さん・お母さんと、
私は真逆の人間。
だから苦しかった。
『親』という単語一つで、
私の考えをねじ伏せられるのが
すごく嫌だった。
納得いかなかった。


