祖母の思い出 | いっぺん死んでこい〜女医NOBUKOのブログ〜

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生き方も死に方も自分で決めるんだよ?
女医が語る、生き方・死に方・日常のあれこれ

国家試験前の勉強を、実家に戻ってしていた時の話



祖父が若い頃、結核の研究のために庭で兎を飼い、結核菌を感染させて研究してた際、祖母も結核になって

治療薬の副作用で難聴になり

年齢的な視力低下もあり

晩年は目も耳もダメになり、介助が必要に。
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凄い可愛い人だったよ




身の回りの世話を交替でしているなか、私も少しだけ戦力に。

夜中のトイレのたびに連れて行くのに、夜型生活にして、同じ部屋で夜中じゅう勉強するスタイル。

これを、普通の生活してる人と3交替でしてたんだけど、まあ私は短期。これ、いつまで続くかわからないから、ほんとに大変だったと思う。


交替要員は、家族と知り合いでまかなったけど、普通は無理で施設に入れるレベル。



で、エピソードはご飯の時。

少食だから、少なくて高カロリーという、効率のいいものを、てチーズやらなんやら工夫してあげてたんだけど

時間が経つとお腹いっぱいになってしまうから、どんどこ口に詰めてたら


私の口はごみ箱じゃないよ!!!


て怒られました笑



まあ名言の多い、可愛いおばあちゃんだったんだけど



家訓は

開業時代を忘れるな



よく言ってたのは

臭いものには蓋
仕事は大人数で、美味いものは少人数で


最期は肺炎、呼吸不全。

結核後遺症で肺はボロボロだったから、そこに肺炎かぶったらイチコロ。

それでも長生きだったから、延命なし。
確か国試直前だった気がする。


写真見るたび思い出すのは、そのごみ箱発言エピソード。そりゃー食事のたびに嫌だったろうね〜

最期は好きなものだけ食べて暮らしたいよね



おしまい