今日は父の魂と話をしたことを書いてみたいと思います。
読んでいて、嫌な気持ちになる方はスルーしてください👏
父の姿を見ていて、本当に苦しいのか?
私から見て、苦しく観えているだけなのか?
苦しそうに観える姿を見るのが耐えられないから辛いのか?
と自分に問いかけるようにしています
父の魂と話をしました
夜中に目が覚めて、ふと父のことが気になったのです
父は、実家の庭に立って、裏山を見ています
若い時の父の姿で、服装も家にいた時の服装でした
その父に色んな質問をしました
私はなぜか?父に
「〇〇家(旧姓)を片付けるために来た」
と言っています
父は、ただ「そうか」と答え、「ほんなら頼む」
と言いました
「今起こっていることは大変そうにみえても大丈夫なんや」
「心配せんでもよい
いつか人は死んでいく
それも運命(さだめ)
どうしようもないこと」
「さだめは変えられん
わしは生き切った
やり切った
何も悔いはない
後は迎えに来てもらうんを待つだけや」
「苦しそうに見えても苦しくはない
お前も大変な人生やったの〜
ま〜自業自得のとこもあるけど、お前も人生を
全うすることや
心配せんでもよい
人生は成るようになる
お前は屁理屈ばっかり言うとったけど、
その中にも正しいことはあったぞ
生意気なとこもあったけど、
感心することもあった
わしができんこともやっとった
お前は不器用や
でも、一生懸命生きとる
そこは理解しとるつもりや」
「わしはもうすぐみんなのとこへ逝くんやろ
友達も兄弟もあっちの世界へ逝った
だから怖くはない
ようけ仕事を残していくけど頼んだぞ
もっと早うに気がついたら良かった
人間はいつか死ぬ
その時までに片付けとかなあかんことが
よ〜けある
お前はそれに気が付いたんやな
わしは何も後悔はしとらん
家のため、兄弟のためにやってきた
良いこともあったしな〜」
「後のことも心配しとらん
お前らに任せた
お前らの好きにしたらよい
世話になったな〜
ありがとう
さらばじゃ」
このさらばじゃは、冗談が好きな父の性格のようでした
話をして気付けたことがあります
私が頑張って父を幸せにしようとしなくても、もうすでに父は幸せだったということ
祭りが好きで、楽しいこともたくさんあった
そして、子供は知らない父の姿がある
私が知っているのは、この世に私が誕生してからの父
私が知らない31年があります
父は父なりの人生哲学を持っているような人です
小さい時は愛情深く育ててくれて、私が思春期になった頃から、少し遠い存在になりました
娘とどうして接していいのか分からなかったのかもしれません
でも、いつもいつも近くで心配してくれて、見守ってくれていたように思います
どこか達観しているようなところがあった父
話をしたら後は安心して眠ることができました
次の朝は、元気な心で目が覚めました
人間は、肉体の自分、心の自分、魂の自分があると私は思っています
肉体は、この世界を生きていくために、動いてくれている自分
心は、コロコロ変わる自分
外側の出来事に右往左往します
魂は、不動心です
何があっても動じないで達観しています
その3つの自分のどこで感じているのか?
そこを知るだけで、人生は生きやすくなります
人生の羅針盤
父の魂が語ってくれたさよなら
そこには、肉体次元とはタイムラグがあります
肉体には寿命があって、その日がいつなのか?誰にも分かりません
父の肉体はまだ生きたいと言っています
心臓も他の臓器もちゃんと動いてくれています
父がまだこちらの世界にいてくれることは、とても心強いことです

