自分を過小評価してしまう人生で
自分なんか、、と
自己卑下の世界で生きてきました。
見えなくて広い世界を知ってから、
なんか色々学ぶうちに
日本やべーぞ?と
大きなものと対峙する中で
わたしに何ができるんだ、、?と
絶望に打ちひしがれたり。
自分をとにかく
小さき者として見てしまいがちでしたが、
別に、対峙しているものは
大きくもなんとも無かったな。
と気付けました。
小さき者だと思っているのは
自分自身だけかも。
みんな、それぞれが輝いていて
一人一人、役割があるし、
皆々様お一人お一人が
超絶素晴らしい存在みたいです。MAJIDE。
ってのに気付けてやっぴー![]()
な
お話を載せておきます↓
やっぴーって
暗い箱の中にしまい込まれていた小さな鉄のねぢが、不意にピンセットにはさまれて、明るい所へ出された。
ねぢは驚いてあたりを見回したが、いろいろの物音、いろいろの物の形がごたごたと耳にはいり目にはいるばかりで、何が何やらさっぱりわからなかった。
しかしだんだん落ち着いて見ると、ここは時計屋の店であることがわかった。
自分の置かれたのは、仕事台の上に乗っている小さなふたガラスの中で、そばには小さな心棒や歯車やぜんまいなどが並んでいる。
きりやねぢ廻しやピンセットや小さな槌やさまざまな道具も、同じ台の上に横たわっている。
周囲の壁やガラス戸棚には、いろいろな時計がたくさん並んでいる。
かちかちと気ぜわしい置き時計で、かったりかったりと大ぎょうなのは柱時計である。
ねぢは、これ等の道具や時計をあれこれと見比べて、あれは何の役に立つのであろう、これはどんな所に置かれるのであろうなどと考えている中に、ふと自分の身の上に考えが及んだ。
「自分は何という小さい情けない者であろう。あのいろいろの道具、たくさんの時計、形も大きさもそれぞれ違ってはいるが、どれを見ても自分よりは大きく、自分よりはえらそうである。
自分以外のすべてが
どの役目を勤めて世間の役に立つのに、
どれもこれも不足は無さそうである。
唯自分だけがこのように小さくて、
何の役にも立ちそうにない。
あゝ、何という情けない身の上であろう。」
不意にばたばたと音がして、小さな子どもが二人奥から駆け出して来た。男の子と女の子である。
二人はそこらを見廻していたが、
男の子はやがて仕事台の上の物をあれこれといじり始めた。
女の子はただじっと見守っていたが、やがてかの小さなねぢを見付けて、
「まあ、かわいいねぢ。」
男の子は指先でそれをつまもうとしたが、余り小さいのでつまめなかった。二度、三度。
やっとつまんだと思うと直に落としてしまった。
子どもは思わず顔を見合わせた。
ねぢは仕事台の脚の陰にころがった。
この時大きなせきばらいが聞こえて、
父の時計師がはいって来た。
時計師は
「此処で遊んではいけない。」
といいながら仕事台の上を見て、出して置いたねぢの無いのに気が付いた。
「ねぢが無い。誰だ、仕事台の上をかき廻したのは。あゝいうねぢはもう無くなって、あれ一つしか無いのだ。あれが無いと町長さんの懐中時計が直せない。探せ、探せ。」
ねぢはこれを聞いて、飛び上がるようにうれしかった。
それでは自分のような小さな者でも役に立つことがあるのかしらと、夢中になって喜んだが、このような所にころげ落ちてしまって、若し見付からなかったらと、それが又心配になって来た。
親子は総掛かりで探し始めた。
ねぢは「此処に居ます。」と叫びたくてたまらないが、口がきけない。
三人はさんざん探し廻って見付からないのでがっかりした。ねぢもがっかりした。
その時、今まで雲の中に居た太陽が顔を出したので、日光が店一ぱいに差し込んで来た。するとねぢがその光線を受けてぴかりと光った。仕事台のそばに、ふさぎこんで下を見つめていた女の子がそれを見付けて、思わず「あら。」と叫んだ。
父も喜んだ。しかも一番喜んだのはねぢであった。
時計師は早速ピンセットでねぢをはさみ上げて、大事そうにもとのふたガラスの中へ入れた。そうして一つの懐中時計を出してそれをいじっていたが、やがてピンセットでねぢをはさんで機械の穴にさし込み、小さなねぢ廻しでしっかりとしめた。
龍頭を廻すと、今まで死んだようになっていた懐中時計が、忽ち愉快そうにかちかちと音を立て始めた。
ねぢは、自分が此処に位置を占めたために、この時計全体が再び活動することが出来たのだと思うと、うれしくてうれしくてたまらなかった。
時計師は仕上げた時計をちょっと耳に当ててからガラス戸棚の中につり下げた。
一日おいて町長さんが来た。
「時計は直りましたか。」
「直りました。ねぢが一本いたんでいましたから、取りかえて置きました。工合の悪いのはその為でした。」
といって渡した。
ねぢは、
「自分もほんとうに役に立っているのだ。」
と心から満足した。
尋常小学校やっぴー![]()
修身教育やっぱすげえ
戦前はこうやって、
国民ひとりひとりを宝だと扱っていたのですね。
失われた愛国心も、
自虐思考も、
細部にわたって
自分と深く繋がれないような生活になってるのも
なにひとつ自分のせいじゃなくて
大きな力があると気付けました
やっぴー×∞
神社の鏡の話も好きです。![]()
ご神体になぜ自分自身を映し出す
鏡が置いてあるのか。
鏡にうつる自分=神様で
内在神
自分の内側には神様がいるよってこと
か我み
我(エゴ)をとると
か み
自分を忘れないでね
あなたはこの世界を創っている
神様なんだよ
わたしたちはいつでも
不安と恐怖で自分を忘れてしまいがちだし、
いつも何かと戦ってしまいます。
でも不安も恐怖も超エセだし
ただの生体反応だって気付けました。
生理前に決まってやってくる
月イチの人間じゃなくなるくらいの
怒りも殺意もどんだけ
その瞬間、今でしか味わえない
わたしの大事なホルモンの働きでした。
怒りも不安も恐怖も
わたしに何かを教えてくれるために
出てきてくれるみたいです。
大切に味わい尽くします。
本当は、すべての人は
みんな愛されてるし、
幸せなんです。
それを味わう権利もあります。
それを忘れているだけなのかなーって
最近思います。
皆々様おひとりおひとりが、
自分を取り戻すことができますように![]()
