先日、WASEDA NEOさんの
パイオニア・セミナーに参加させていただきました。
お話ししてくださったのは、
シャネル日本法人の社長を23年されている、
リシャール・コラスさん。
とっても素敵なお話を伺うことができました。
ブランドは守るものではなく、いかすもの。
創業者の「ココ・シャネル」の写真を
事務所の壁一面に貼っていて、毎日、その写真と対話している。
その写真のシャネルに見張られているんです、とのこと。
ちなみに、貼っている写真は、こちら
コラスさんのお話で、心に残ったエピソード、
すごい!というエピソードたくさんあるのですが、
その中の一つが、
2004年にシャネル銀座ビルが竣工された際のエピソードです。
建築のことは、まったくわからないコラスさんですが、
それでもシャネルのブランドを体現する、シンボルとなるようなビルの建設に少しでも関わりたくて、何度もなんども現場に足を運ばれたそうです。
昼も夜も、早朝も。
朝5時過ぎに現場を訪れた時、仕事を終えた鳶職の10代の若者たちが、今日の仕事は難しかったけれど、いい仕事ができたと話しながら傍を通り過ぎた、そのときに、
シャネルの社長、施主のコラスさんの頭の中に、一つのイメージが浮かんだそうです。
今10代のこの仕事に誇りを持つ職人さんたちが、10年後、
銀座に子どもたちとやって来て、このビルを見て、
このビルはお父さんが建てたんだよ、と子どもたちに胸を張って伝えている。
その時のために、何か残しておきたい。
コラスさんは、発注先のゼネコンの社長に伝えました。
建築に関わった全ての人の名前を、ひとり残さず、記念碑に残したい。
ゼネコンの社長は、言葉を失い、その次の瞬間、涙ぐまれたそうです。
そんな要望は、これまで一度たりともなかった。
「ありがとうございます!」
ただ、実際には、大変だったようです。
ご存知のように、ゼネコンは元請け、そこから下請け、下請け、孫請け、その先・・・。
そのすべての作業者の名前を求められたので。
そう、警備のガードマンの名前までも。
その人数は、二千五百人を超えたそうです。
『ここに掲げられた2500名は、
2004年11月16日に竣工した
シャネル銀座ビルの
建設に誇りを持って従事した。』
2500名への感謝状。
シャネルのシャネルたる由縁が
このエピソードに現れているような気がします。

