幕末にペリーが大砲や銃を積んで黒船でやってきたことで慌てた江戸幕府が元町界隈を白人へ明け渡すことを決断していきます。
色々あって歴史は明治となります。
横浜村から元町に強制的に移らされ、外人のための商店を営むように言われたのが当時横浜村で農家や漁業をしていた住民でした。
その時に元町の浅間山と名付けられた丘の上に明治7年に横浜村の浅間神社の分社として元町浅間神社が建てられたそうです。隣にはお茶屋さんもあったようです。当時の元町の商店街からはこんな101段の険しい階段を上がった先に神社はありました↓
大正時代の関東大震災で、お社とお茶屋は崩壊、崖から下の商店街や住宅に落ちてきて犠牲者も出て再建はされませんでした。
浅間神社があった所は現在、公園となっています。
おそらく接収された土地の狭間に造られた神社だったので当時のいろんな圧力なのでしょうか?西洋のエッセンス漂う不思議な広場となっています。
写真では全貌はお見せしたくなかったので入り口付近のみとしましたが、私はそこを初めて生で見た時、とても違和感を感じてしまい…
なぜ?どうしてこうしたんだろう?
そんな感覚に陥ってしまいました。
横浜の歴史を調べていくうちに、その時代に自分が入っていくような感覚になっていきます。当時の地元の人の心情がなんとなく感じられます。
当時の土木事業に携わっていた方も本当に作りたかったものだったのだろうか?
それとも日本に上陸した側が直接公園にしたのだろうか?
なんともいえない余韻があるのです。
でも、ここは見晴らしが良くて横浜絶景ポイントでもあるはずなんですが、今はひっそりとしたほとんど知られていない公園。
日本の歴史は戦略、奪い合いという歴史の中で、聖地とはとてもデリケートな問題であり、略奪の中ですり替えや破壊とは切っても切れない残念な歴史がつきまとうもの。
元の横浜村の浅間神社は現在、横浜市西区浅間町にそのままありますが、周辺には横穴古墳という古代の横穴墓が群集していて有力豪族の墓だったと伝えられています。
その中でも有名だったのが、富士の人穴という境内の西にあった横穴古墳の1つ。その穴は富士山に繋がっていると伝えられていて江戸時代は名所となっていましたが、周辺の開発によって今は取り壊されてしまったそうです。
これももしかしたら封印なのかもしれません。
テーマの○○族とは?読む方によって違う言葉が浮かぶかもしれません。
地元の方にも横浜駅の周辺の方にも、そして富士山大好きな方にも…そして日本らしくすることを虐げられてきた当時の流れに翻弄されてきた日本という土地に向き合って9/2に手を合わせたい方はまだまだご参加お待ちしています(^_^)
そして当時の9月1日関東大震災という地震で亡くなった多くの犠牲者の追悼として…
来月9月2日土曜により私達が日本を愛し平和をこよなく愛す日本人としてさらに私達らしく生きるために古神道ワークショップへご参加いただけたら幸いです。
お会いできますことを楽しみにお待ちしています。
当日のご参加のメンバーや天候によっては、その前に元町厳島神社にて参拝の所作なども岡山の亀石八幡神社の西江宮司からお話やワークがあるかもしれません。
ランチ後はひふみたまでラストの座学となります。ぜひラストのひふみたまの空間を楽しんでくださませ。
ずっと気になっていた場所へ、震災の時期にちなんで行う古神道ワーク。日本人として大切な会にしたいと思っています(^_^)お楽しみに♡
詳細はこちら↓
9月2日土曜の古神道ワークショップ
ただいま…私、おかえりなさい…日本。
中華街 ニライカナイblog
会場↓
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サロン&ワークショップ ひふみたま
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