【過去記事】生きる、を選んだ私。 | 想いのままを言語化する亜澄の世界in広島☆As Me✩

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英語で「As Me」は、「自分らしく」の意味。「亜澄」で在ることそのものがAs Me。

「亜澄」に還る軌跡を遺します。

 

1年前のブログ。




39歳と半分の私は、


破壊と再生の途中だったようです。  

 
 






あれから1年が経ち、

40歳と半分が過ぎて、


「あぁ…今年がもう終わるなぁ」という感じです。






あんまり、「今年の終わり」なんて感じない方だったのですが、

この2024年は、なぜだか…速く過ぎてゆく感覚がハンパない。




あれ?もう1ヶ月経ったん?って思ったり、


もう8月??って驚いてる間に、

9月が見えてきているゲラゲラ








あれだけ「おっそいなー」「この調子だと、クリスマスが来るまでに3年かかるわ!」って言ってたのに、


今のこのスピードだと、

気づいたら50歳になってしまってそうですゲラゲラ







まぁ、それでもいいんですけどw










少し大人になったのか、


それとも昔の感覚を取り戻しつつあるのか、



いわゆる「年増」な感じの、

「人生何回目?」みたいな、



悟ってる状態の私がいます。






これ、中学生くらいだと「何?コイツ…」って周りは離れてくし、


高校生の時も、あんまり友達はいなくて、
(当然だ。同級生と話が合うワケがない。)



ムリに合わせて社会脳を育てつつ、


人間とはそのような生き物じゃい、と言い聞かせて、


いつかこんな自分も、思い切り深呼吸できる日はきっと来るハズだと信じて生きてきた。






いや、生き抜いてきた。









そのおかげで、

過去の自分に「よくやった!」と言えるし、



みんな、今を一所懸命に生きているんだよなーと、


ちょっと、微笑ましく見ている感じでいられる。





自分のことも、周りのことも、


みんな、可愛いなって思う。







いつだって、大丈夫。









「生きる」を選ぶってさ、


時に、つらくて、やめたくて、

誰か代わってくんないかな?って投げ出したくなる。






でも、人生にリハーサルなんかなくて、


いつもいつも本番で、


「もっかいお願いします!!」って、できないんだよね。

(魂は永遠だとしても、このボディは1回きり)







あぁ、生きるって、なんなんだろう。






深掘りする必要なんかないのかもしれないけど、

それでも考えたい。



答えはなくて良い。



答えは勝手に作るから。






生きる意味、なんてない。


だから、生きる意味は、

自分で決める。





過去のブログを読んで、

ますます自分の人生に有難みを感じました。










今日も読んでくれてありがとう( *´꒳`*)








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