自分の人生を生きてなかった私が、自分の幸せを本気で考えたきっかけ。 | 想いのままを言語化する亜澄の世界in広島☆As Me✩

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英語で「As Me」は、「自分らしく」の意味。「亜澄」で在ることそのものがAs Me。

「亜澄」に還る軌跡を遺します。

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手話と聴導犬を広める日本で唯一の会社、Y-SMILE.のあずみんです♡





パソコンが入院中なので、今日もアプリからアップします(*^_^*)



みなさんは今、真剣に人生楽しんでますか?(o^^o)

私は27年間ほど、自分の人生に興味なし、母と二人で暮らす事だけ考えて生きていました(現在34歳です)


そんな私が、なぜ真剣に今を生きようと思ったか…

想いの儘に、綴ります



長いので、お時間がある人だけ進んでくださいねー♡



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なぜ自分の幸せについて、真剣に考えるようになったのか…

それは、ある人の言葉がきっかけです

その人は、叔父のお嫁さん

美人で背が高くて、気が利いて、笑顔がステキな人でした


そう


もうこの世には居ない

旅立って7年になります

先日、命日を迎えました

特にこれといって何かした訳でもありません


時々思い出したり、「こういう人がいてね…」と、周りに話す事がありますので、 

命日だけに思い出す、という事はありません


そのぐらい、私の中で大きな存在




その人は、「よしみさん」と言います

叔父のお嫁さんなので、家系図で言うと遠いのですが、

子供の頃、いとこに会いに行った時は、「よく来たね~」と笑顔で出迎えてくださいました


どうしてこんなに綺麗なんだろう?と、自分とあまりにも違うので不思議過ぎるぐらいに、

本当に綺麗な人でした




たまに泊まりに行くぐらいしか関わりがなかったのですが、

看護学生の時、広島市内での病院実習があり、

「ウチに泊まりんちゃい」と言ってくださり、しばらくお世話になりました
(その時は、現在の東広島市にある黒瀬町に住んでいました)


朝は早くから栄養満点の朝ご飯を作ってくれて、
 
お昼用におにぎりを持たせてくれて、

「今日は何色がいい?」と、毎日好きな色を聞いて、おにぎりを包む紙の色を選ばせてくれて、

夜もたらふく食べさせてくれて、

お風呂もゆっくりと入らせてもらえて、

暖かい布団で毎日ぐっすり寝かせてもらえて、


実習が終わると「お疲れ様パーティ」だと言って、いとこの家族みんなとご飯に連れてってくれて…



こんなにも、実習だけに集中出来た期間はありませんでした

普段は一人暮らしだったので、実習中のご飯はテキトー、

実習場所が遠い時は帰りも遅いし、とりあえず2時間だけ寝てからレポートを朝まで書いたり笑、

パンを一口だけかじって出発とか、

ホントにヒドい顔で実習してたと思います…(実習経験があるみなさん、そうですよね?)


ご飯がある、お風呂に浸かる事が出来る、そして眠れる!

こんなに快適な実習期間は初めて!



ホントにホントに、大変お世話になりました(*^_^*)




実は、大学1年生の時に、あまりに勉強が難しくてついていけず、

「早く辞めて違う事をしよう」と思った事がありました


自分は看護師なんてムリだ
やっぱり頭が良くなきゃなれないよ…
他に向いている事があるハズ


そんな思いがグルグルして、親に「辞めたい」とメールしてしまいました

親はすっ飛んで来て、泣きまくる私の話を聴き、「アンタはまだ何もやってないじゃない」と諭してくれて、

「やれるトコまでやろう!」と、気持ちを切り替えて進む事にしました



よしみさんもまた、すっ飛んで来てくれた人です

「食べてないんでしょ?食べんちゃーい♡」と、サンドイッチを沢山作って持って来てくれました

泣きじゃくる私を見ながら、よしみさんは微笑んでそこに居てくれました


どうしてここまでしてくれたのか…

よしみさんは、私の母(つまりよしみさんの夫の姉)をすごく慕ってくれていました

でも、だからってここまで出来るでしょうか…

今でも分かりません



そんな事がありながらの、3年生での実習

「ホントによく頑張ったね」と、褒めてくれました




それから、看護師になって働き始めた私

「みんなに恩返しするぞ」と、気合い入れて働いてました

勤務はキツかったです

でも、楽しく働いていました

患者さんの笑顔を見ると、「このために働いてる!」と思えました



しばらくは、よしみさんとお互い連絡もなく、それぞれの生活をしていました




社会人2年目の9月、私はメニエール病を発症しました

入院したり復帰したり休んだりを繰り返し、身体がボロボロになっていきました

そんな私の事も、よしみさんは気にかけてくれていたのだと、後から知る事になります




ある、年明けからしばらく経った頃、よしみさんに病気が見つかったと聞きました

今は人に会える状態ではないと…

そんなに酷い状態なの…?
健康そのもの!って感じの人なのに…

誰もが信じられませんでした


半年ほど経ち、やっと会える状態になったと知り、母と伯父夫婦と、ホスピスへ向かいました

初めて見るホスピスは、緑に囲まれた場所で、実習でも行った事のない不思議な空間でした


そこで、久しぶりに見たよしみさんは笑顔でした

思ったほど痩せていなくて、安心しました

自分が大変な状態なのに、私の身体の事を心配してくれました
(その頃は体調が悪く、仕事をあまり入れずにいた期間でした)

私は何も声がかけられず、叔父さんも居て兄弟みんなで話していたので、

後ろでみんなの会話を聞いていました


結局、「もう帰るぞ」となった時にやっと、母と私とよしみさんの3人になれました

「これだけしかないけど…」と、よしみさんは私にお金を持たせてくれました

私が行くと分かって、こっそり準備してくださったのでしょう

どうしてここまで出来るのでしょうか…


私と母は、涙が止まりません

なぜよしみさんが、膵臓ガンになったのだろう

まだ若いのに

これからこうしたい、あぁしたいって夢を話してたのに

ガンだと分かった時はもう、余命半年ほどだと言われ、つまり手遅れの状態

なぜ?
なぜ…?

泣いたってよしみさんのガンは治らないけど、

悔しくて涙が止まらないのです


最後、部屋をあとにする私によしみさんが


「あーちゃん、自分の幸せ考えんちゃいよ」と言ってくださいました


これは、いつも私に言ってくれた言葉

「あーちゃんは、どんな人と結婚するのかなぁ?」
「あーちゃんが好きな人と、一緒に居るのがいいよ」

私はずっと、「結婚はしない、母と二人で暮らす」と言い切っていたので、

よしみさんはいつもの笑顔で、いつものように言ってくれていたのです



その時は、「いつもの言葉」として受け取りました




そして、1週間後、訃報



え?
また来るねって話したよね
ちょっと元気になったら、今度は一人で来るねって話したよね

なんで…?




私はあまりにショックで、メニエール病の目眩発作を起こし、眠れず、

フラつきがひどくてお葬式に行けませんでした



しばらくは現実を受け入れられず

仕事に行く時の車の中で泣き

病院の駐車場で泣き

仕事が出来ない状態になりました


母も、どうしても受け入れられない、受け入れたくないと泣きました


こんなに涙が出るのかというぐらいに、

メニエール病を発症し、治療のために退職するかどうか悩んだ時と同じぐらいに毎日泣きました


そんなある日、あの言葉が聞こえて来ました



あーちゃん、自分の幸せ考えんちゃいよ


自分の幸せ…?





よしみさんのお葬式には、多くの人が参列したそうです

地元では、昔からモデル並に美人だと有名で、叔父と結婚する時はみんな悔しがったほど、

それはそれは素敵な人で…

55歳には到底見えなくて、本当に透き通ったような心の持ち主



よしみさんは誕生日に旅立ちました

私に、あの言葉を遺して…


あの言葉が最後なんて思わなかった

もっと話せると思ってた

よしみさんの夢を叶える姿を見たかった



そう言えば、よしみさんがなぜ結婚したかを話してくれた

「この人とならね、絶対楽しいだろうなって思ったんよ」



そうか、よしみさんは、「楽しい」を選んで生きていたんだ

私は、楽しいかどうかなんて考えた事がなかった

周りに迷惑かけないように
一人で生きていくと決めたから
私は幸せにならなくていい


ずっとそう思って生きていました


よしみさんが、私に遺してくれた言葉

やっと意味が分かった


命を懸けて、伝えてくれた…




初めて、自分の幸せについて真剣に考えました

何が好き?
子供の頃、なりたかったものは?
今、したい事は?


初めて、「楽しい」を一番に考えました

誰と居ると楽しい?
誰と生きていきたい?
何をしてるのが楽しい?


それまで、未来を考える事なんかなかった

なのに、明日(未来)の事を考えられるようになった

〇〇したい、と欲が出て来た



生きていきたい、と、強く思った…




偶然かも知れませんが、よしみさんが旅立って数ヶ月後に、よしりん(Y-SMILE.社長であり夫)と出会いました

正確には既に出会っていて、顔見知りではあったのですが、

1対1で向かい合って話したのは、この時初めてだったのです


私は、よしみさんが引き合わせてくれたと思っています(*^_^*)



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今、私は「一緒に居たい人」と生きています


「一緒に居たら絶対楽しい人」と、一緒に生きています(*^_^*)





最後まで読んでいただき、ありがとうございました四つ葉