今日は、飾らない言葉で正直に話したい気分です😃✨ 敬語もラフな言葉づかいも混同します。

 

 

私はね、やっぱり、占いはすごいアイテムだと思う。

 

ただ、それを使う目的が、「本当の」の幸せのためじゃないと、もうつまらなくなってしまいました。

 

というのも、

私が昔、何かを達成したり、獲得したりしようと生きて来たやり方は、それを達成しても、ぜんぜん幸せじゃなかった。

 

3秒後には、「はい。こちらが次のお題です。次はこれをできるようになりなさい。」って次の不安が出てくる。それに、1つの問題だけ片付いても、別の問題がまだ片付かない状態だった。

 

この繰り返し。

 

そして

「それで、今、現在幸せですか?」

「いつ、この頑張りが終わってほっとするのですか?」

「子供が大きくなったら?」

「退職して年金生活になったら?」

という最大の難問。

 

 

こんな状態で、

 うわーーーー!

 やっと望んでいた幸せの条件がそろった!

 幸せだ~~~

って思えるなんて現実的に想像できるか?

 

ない。ない。

 

「夢見て、夢見て、夢見て」の繰り返しになるだろうって、簡単に想像できてしまう。

 

誰しも、このことに向き合いたくないから考えないようにしているけれど、きっと誰もが気づいてることなのではないでしょうか。

 

 

 

 

でももし、そうならない画期的な方法が可能だとしたら?

 

そして、実証してくれる人たちが目の前に、そして世界中にたくさんいるとしたら?

 

そして、私もそれを体験しているとしたら?

 

具体的に、現実的にワクワクする💕

 

生で見てる上に、自分も経験してるのだから。

 

 

 

私は、奇跡講座に出会って、本当にいろいろなことが変わった。占いの使い方から生き方そのものまで。

 

これほどまでに、すべてが逆な概念をはっきりと理解させてくれるものはない。

 

そして、普通のスピリチュアリティが提唱していることをさらに超えている上、間違いや抜け目が一切ない。一切。だから必ず成功する🌈

 

 

 

だから、ちょっとその一部を読んでみてもらえたら嬉しい💕

難しく聞こえても大丈夫。

私が分かりやすくできたら なお嬉しい。

 

まず、

自我というのは、私たちの心の中にある「間違った心の部分」ととらえてください。つまり、私たちの中には「正しい心の部分」もあるということ。ただ、すべての人は、それがすっかり間違った心に包まれてて、機能してないということ。おそらく、みなさんが想像している「自我」、それよりもさらに広い範囲の心の部分を指しているでしょう。いってみれば、現在はほぼ自我で生きているということ。

 

私がここでいつも書くのは、「間違った心を見破って、正しい心の部分にアクセスできるようになって、本物の生き方をしようじゃないか」ということになります。

 

 

 

ではいきます。

奇跡講座の元版では、奇跡講座の個人的な解釈を提示しないよう言っている。だから、あくまでも、私が今解釈できる分を書いているということを念頭に置いてもらいたい。きっと本当は、もっともっと奥深い意味があるのだと思っている次第です。

 

“自我の声は幻覚である。自我が「私は実在しない」と言うはずはない。だが、自分の幻覚をひとりで払いのけることが、あなたに求められているのではない。ただ、それらの幻覚が自分にもたらした結果に照らして、それらを査定するよう求められているだけである。”

 

“自我への応答はどれもみな、参戦への呼びかけであり、戦いは確実にあなたから平安を奪う。だが、この戦いに相手はいない。”T-8.I.

 

私たちは、自我という幻覚の言い分を聞いて生きて来た。

これについて、私が授業でよく使う言い回しは

「天使のふりした悪魔」笑

 

これは、誰もが常々聞いていて、常に自分を制してるのはよく知ってると思う。

 

でもね、それは

「天使かと思っていたのに悪魔だった」

事件なの。

 

そいつは、「ほら、次はこれをやれ」って言うし、「あっちにも問題があるだろ」って言う。そのくせ、中途半端な解決法しか提案してこない。つまり、3秒しかもたないひとときの安心しかくれないの。

 

そして、その文には、ひとりで払いのけることは求められていないとある。これに関しては、まったくそうで、絶対にひとりではできない。助けが必要。これを説明するのはここでは難しいから、ここはとばすね。

 

 

 

“ただ、それらの幻覚が自分にもたらした結果に照らして、それらを査定するよう求められているだけである。”

 

っていうのは、「今の自分の結果や経験を見てごらん。このままこのやり方で進んだら、この先も、今のような感じだよ。幸せにならないことは一目瞭然だよね。」ってこと。幸せになる方法を知らないということを、現在の状況が証明してる。

 

 

 

“自我への応答はどれもみな、参戦への呼びかけであり、戦いは確実にあなたから平安を奪う。だが、この戦いに相手はいない。”

 

っていうのは、「間違った心の部分は、幸せなるためにあれや、これやと言うけれど、ふたを開けてみたら、実は、本当の幸せに行きつかせないための作戦だ」ということ。つまり、ひとり舞台してるってこと。

 

自分の考えに従って、自分でボケツ掘ってる。自分でいっぱい考えて選んだ方法は、実は、間違った心の部分から出てたということ。

 

これでは

幸せになれるはずがない。

 

 

だって、確かに、

いつも何かに参戦してるでしょ?

 

「あれができるようにならなきゃ」

「あの人にこう言って、うまいこと丸めよう」

「こう言ったら言うこと聞いてくれるかな」

「今日は、これとあれとをやらなきゃ」

って。

 

これもぜーんぶ参戦。

言葉と表情だけ柔らかくした戦争だよ。

心の中は、苦しくて、悩んで、怒ってて、モヤモヤして。

 

 

 

とにかく、私は、奇跡講座に取り組んで、「間違った心」を手放すことがいかに大切か、いかに幸せかを体験中です。

 

だから、たくさんの人が奇跡講座に取り組みたいと思ったら嬉しい。なぜこんなに嬉しいのかはよく分からない。

 

けれど実際には、すごく心が抵抗する人をたくさん見ています。勧められても良いとすら思えないようだし、なかなか買えなかったりもする。何年もテーブルの上に置いたまま開けないこともある。眠くなったり、ぜんぜん意味が入って来なかったりもよくあること。

 

 

 

そこで、ここのみんなに大活躍しているのが占いということ。

 

「間違った心」はとても巧妙なので、見破るのがとても一苦労。奇跡講座に取り組んでいる人たちの間でも、この策略を見破ることがとても難しいこと。でも、それを大いに助けてくれる。

 

私たちは先に知ることができるんだから。

「ああ。私の間違った心のクセはこう言うな。それには従わないぞ」って。

 

それに加えて、奇跡講座に手を出せずにいる間も、占いをその使い方で提示してあげられることで、ノーマルではない嬉しい体験を先にしてしまうことができる。それがあるからこそ信じ始める。

 

自分で体験したら 信じるのは簡単。

何度も体験すれば疑えなくなる。

 

自分がやった証拠を自分で体験するのだから、説得もいらない。

 

これが重なっていって、

「もう前のような方法はとりたくない」と思い、

「私も奇跡講座やってみようかな」と思ったりする。

 

その瞬間が誰かに来た時、

私は飛び上がるほどに嬉しい!

 

 

 

私がやりたいことはこれ。

「奇跡講座に取り組みたいな」と思うまでのフォロー。思ってからのフォロー。

 

 

 

みんなを見ていて、今だから分かるのは、「奇跡講座に取り組みたいな」と思うようになるまでが、大大大ステップだということ。だから、占いを使って準備をすることは、とても優しくて、なんて画期的かと思う。だって、その間にも、十分に奇跡を体験しながら進むのだから、これほど楽しい道はない。

 

私は、そこに携わるのが本当に嬉しく、たくさんの奇跡を見て、みんながみるみる変わっていくのを見るのが本当に好き。

 

私は、それがやりたい。

 

占いを学びに来たのに、幸せな生き方を身に着けていくって、なんて素敵かと思う。

 

 

 

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