横浜の大桟橋の入り口付近から左手を見ると、正面の細長い建物は1929年に建てられた「横浜貿易協会ビル」。
横浜にモダニズム建築を残した建築家川崎鉄三がこのビルの施工監理を務めたとされる。
1963年にオープンした北欧料理のスカンデイアが入り、このビルは見覚えのある人も多いであろう。
そこに連なるのが「海洋会館」。先の写真では左奥にかすかに見えるが知る人はぐっと減る。
大倉商事横浜出張所として大倉土木の設計で「横浜貿易協会」と同じ1929年に建設された。
あまり目立たないが「横浜貿易協会ビル」同様に3階建てで壁面の色、素材などもお互いよく調和している。

その隣は建物はなく象の鼻パークへの入り口となる。

そしてその左側が「昭和ビル」である。注意を払う人はさらに減る。
こちらも川崎鉄三の設計で1931年に「カスタム・ブローカー・ビル」として竣工した。日本語に訳すと「通関業者ビル」である。
当時はこの辺り、通関業者が林立したようだ。
実はこのビルは右に同デザインのビルが連結して双子のように建っていた。こちらは後にキッコーマン横浜支店の「キッコーマンビル」として使われてきたが2000年に解体され、象の鼻パークへの入り口となった。
つまりここから最初の「横浜貿易協会ビル」まで4棟、3階建てのスクラッチタイル(多数の細い溝の模様があるタイル)のビルが海岸通りに沿って、きれいに並んでいたのである。
今もここから右方向を眺めると、ほぼ当時の街並みをイメージすることが出来る。好きな場所だ。
これらのビルは「歴史的建造物」として認定されることもなく、今も主に飲食店の入るビルとして、”酷使”されている。
そしてこの昭和ビルに2年ほど前に溜池山王から移転してきたのが洋食シーザー。
パスタを食べに訪問したが、食レポは別の機会に別の「孤独のパスタ」で。
その前はCJ Cafeというなかなか面白いお店が入っていた。
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