「軽井沢郵便局最初の電話加入者」 明治43年(1910年)8月1日付け
という表がある。
本格的な電話サービスは明治23年(1890年)に東京・横浜間で開始されたが、その20年後である。
軽井沢では22軒が電話を備えていた。
『軽井沢避暑地100年』国会図書館デジタルコレクションより
どのような人物、会社が最初に電話を設置したのであろうか?
以下判読できた範囲で読みやすく書き直し、コメントを加える。
番号 加入者氏名 機械設置場所・職業
1 青木商店 新軽井沢150 米類雑貨商
→電話番号が軽井沢1番で人々に親しまれた。
『かるゐざわ』の広告では「御避暑中各宮家、華族御用、米殻雑貨、薪炭卸売り、貸しきり自動車営業」となっている。
2 川村市之助 新軽井沢129-1 魚類雑貨商 新聞取次所
3 桂太郎 離山
→桂太郎は3度にわたり内閣総理大臣を務めるが、リストの1910年時点も総理大臣であった。別荘は現存。
かつての桂太郎の別荘
4 軽井沢警察署 新軽井沢
5 江木 衷 精進場520 法学博士
→今日、軽井沢の歴史ではあまり語られることはない人物。
司法省参事官として1880年代ころの書物にはかなり名前が登場する。
6 山六出張店 山本六郎 旧軽井沢558 果実雑貨商(?)
7 綿屋 泉幾多郎 旧軽井沢22 製氷業
→泉太郎が新軽井沢(駅のそば)で製氷業を始めた。こちらはその販売店か?
8 三井三郎助 旧軽井沢1341
9 軽井沢共同製氷所 新軽井沢119 製氷業
10 江戸屋 佐藤愛三郎 旧軽井沢69 牛肉商
11 白木屋 土屋保造 旧軽井沢80 牛乳搾取業
12 軽井沢停車場 新軽井沢 (駅)
13 油屋 小川三郎 新軽井沢128 旅館
14 三澤屋 上原九一 旧軽井沢56 果実雑貨商
(750番にお菓子屋 三澤屋があった)
15 三笠ホテル 山本直良 西山1337
16 田丸屋 土屋富太郎 旧軽井沢55 穀類雑貨商
17 エル・グルミセー 桜の沢17番
→最初に電話を所有した外国人は、1930年代に1246番、1248番を所有したアメリカ人Grimmaseyか?
『続 心の糧 戦時下の軽井沢』
18 内国通運会社取引店 土屋源一郎 新軽井沢278 運送請負業
→ツチゲンと親しまれ、土屋源一郎は後に軽井沢町長を務める。
19 山屋 神山萬蔵 新軽井沢129ノ2 〇〇菓子製造業 (パン屋)
20 軽井沢ホテル 旧軽井沢61 旅館
21 桶上専治郎 新軽井沢182-2
22 万平ホテル 佐藤国三郎 桜の沢68
小諸の旧脇本陣の旅館「粂屋」には古い電話室が残っている。
こちらの番号は「長67番」である。
とりあえずはリストの書き下しが中心となった。
こうした人物のかなりの部分は筆者の『又々 心の糧 戦時下の軽井沢』で詳しく説明している。こちら
興味を持たれた方はぜひお読みください。
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