小諸を訪問した目的は唯一、本陣・問屋であった。その問屋が修復中でシートにすっぽり覆われていたものの、この一帯には他に旅籠時代の建物が、いくつもそのままの姿で保存されていた。
脇本陣粂屋
その一軒が本陣と同じ旧北国街道(ほっこくかいどう)に残る脇本陣粂屋(くめや)。現在は宿屋とカフェを営業している。右の丸い郵便ポストも、少し時代は遡るが嬉しい。
ちょうど若い女性が店の外に出てきたら、「中もご覧になってください」と気さくに入れてくれた。彼女が旅館とカフェを運営している様だ。若い世代が継いでくれるのは嬉しい。
正面には時代劇で見るような番頭の台が置かれている。
正面は明治に入ってから設置されたであろう電話室。「長六七番」は長野県全体の67番?
中庭。右手の奥座敷は藩の家老らのための部屋。現在は宿泊が出来る。
醸造蔵山謙
粂屋の隣、立派な建物は目的の本陣・問屋かと思い、ガラス戸を開いて中に入り「ごめん下さい」と言ったら、奥から女性が出て来て、いやな顔一つせずに「醸造蔵山謙(やまけん)」であると、簡単な歴史と共に教えてくれた。粂屋といい皆さん親切。現在はお酒は造っていないとのこと。
江戸時代末期に「市町上問屋」として建てられ、「本町下問屋」と半月交代で公用の荷の継送り業にあたった。道理で立派な建物。
その問屋場が隣(冒頭に述べた本陣で現在修復中)に移り、江戸中期より酒造業を営んだそう。
土間は裏道まで通じ、路地をはさんで江戸時代の大きな酒蔵があるという。
ただし酒蔵は現在は使用されていない。
那須野整骨院
格子戸が美しく、江戸時代の町屋の姿をよく留めている建物。江戸時代中期の建築で、明治時代は繭問屋。整骨院には著名な人物も訪問したそう。
筆者は多くの宿場町を訪問したわけではないが、古い建築物がよく保存された小諸の街には感銘を受けた。そして皆さん優しかった。
他の建物も追って紹介する予定。
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