1938年にフランスへ渡った方から、乗船した日本郵船、伏見丸の写真をいただいた。母親に抱かれるのが今も健在の彼女だ。

写真を見て思ったことは船腹にはリベットが沢山見られ、ずいぶんと疲れ切った印象である。これは若干イメージが違った。太平洋航路だが横浜港に係留されている氷川丸(その次の写真)を見ると、もっ滑らかであるからだ。

 

違いは建造年から来るのであろうか?伏見丸は1914年、氷川丸は1930年だ。

その間に造船技術が大きく進歩したのか?

 

1921年建造の箱根丸もリベットがみられる。(西村ソノの渡欧 下の写真)

当時、配船スケジュールを見て、自分の乗る船を決めた人がいる。1936年3月29日、島秀雄他計10名の鉄道省在外研究員が筥崎丸に乗り込む。一行には下山定則と加賀山之雄、二人の戦後の国鉄総裁が含まれていた。
加賀山は大の豪華船好きであった。彼の目には筥崎丸は豪華船でなかったので、単独行動をとり次の4月12日出航の照国丸で渡航したという。(『島秀雄の世界旅行』より)

筥崎丸は1922年、照国丸は1930年の建造である。ここでの「豪華船」とは新しい船を指していようか?

 

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