ラジオを聴いていたら、「次は桑田佳祐さんの『なぎさホテル』です」という曲名紹介があった。

「なぎさホテルって」と思い調べたら、やはり神奈川県逗子市に実在したホテル「なぎさホテル」から着想を得た新曲とのこと。

 

作家の伊集院静が『なぎさホテル』というエッセイを書いている。

伊集院が1980年代初頭に逗留していた「なぎさホテル」のI支配人が

「どうですか? 少し涼しい山の方でも行って来られたら」と言う。

「軽井沢にこのホテルと同じ経営の小さなホテルがあるんですよ」と勧めた。

 

そうして伊集院は軽井沢の駅を降り訪問する。

そこは病室がそのまま宿泊施設になっているのがすぐに分かった。

『これじゃあまるで堀辰雄だな』と伊集院が言うと

案内してくれた女性に言うと、彼女はきょとんとしていた。

 

筆者は「なぎさホテル」から戦後「軽井沢ヴィラ」となった建物、マンロー病院に想いが及んだ。

以前に拙著、ブログで次の様に書いた。

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GHQの記録に見る終戦直後の軽井沢(2021年4月16日)

 

終戦から間もなくして、軽井沢にやってきたアメリカ軍であるが、彼らは終戦後も滞在する外国人に物資を供給した一方、貴重な記録も残している。建物の敷地内の構成図など珍しいものが多い。所蔵する国会図書館の許諾を得て、写真をいくつか紹介する。

軽井沢避暑団の所有していた建物
1 軽井沢病院

別名「マンロー病院」として知られ、拙著でも紹介した。(125ページ)

 

東向き。よく見る写真の入り口は左サイドになる。
建物はヴォーリズ設計らしからぬ外観の、アメリカ中部のカントリーハウス風のスティックスタイルで、紅殻塗りの赤いサイディングと窓の白いペンキが調和した美しい建物であったという。写真からも窓の周りが白いのが分かる。ネット上に見ることができる写真は改装後の「軽井沢ビラ」のものなので貴重な一枚だ。


 

北西の眺め。手前に筒状に大量に横たわるのは薪か?

マンロー医院

 

ここは現在、万平ホテルの従業員の駐車場という。

 

敷地内の図
本館を中心に左側は野菜畑が広がる。自給用であろう。さらに左側には別館が二棟あり、右上は病院関係者の住居。手前の道路は今の「万平通り」だ。

 

一階の見取り図。一番下の小さく出っ張っている狭い部屋が診察室。その上の広い部屋がレントゲン室、さらにその上の細いのが待合室。中央部分が受付ホール。
病室は6つある。ここには載せてないが2階には病室が9、手術室、無菌室がある。立派な設備の病院だ。

 

この内容は『続 心の糧(戦時下の軽井沢) 』に含まれています。他にも豊富な記事と写真がお楽しみになれます。

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拙著

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