山下町91番にあったイタリア系養蚕・生糸輸出商社デローロ商会の社長。創業者のデローロ(G.O.Dell'Oro)は1868年に来日し会社を興した。
その会社の壁の一部が今も残り横浜市登録地域有形文化財に指定されている。
 
1941-42年のJapan Directoryでは社長の名前はG.I.デローロのなっているが、かれがチニゼッペで間違いなかろう。また夫人もいるようだが日本人か?
 
戦時中「ローマラジオニュース イタリア語版」がイタリア大使館により40部作成されていたが、横浜での配布先は山手町8のイタリア領事館と、このデローロ商会だけだ。恐らくこの時、横浜唯一のイタリア系の企業だったのであろう。ただし戦時中は連合国が制海権を握り、イタリアへの輸出はほぼ不可能であったから、商売は無きに等しかったと思われる。

終戦時は大使館員、総領事プロスペロと一緒に足柄下郡温泉村の富士屋ホテルで迎えた。日本より先に降伏し、ほぼ抑留状態であった。
 
現在山手109番はマンションと「港の見える丘公園管理事務所」、そして個人宅が一軒。
 

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