朝日新聞の1963年12月15日付けに、一人のスイス人の記事が出る。
「祖父の代から百年日本に住むスイス人エミール・ラベッタ氏」
彼エミールの祖父は1863年、長崎に上陸して商売を始めるが、日本人女性と結婚する。エミールの祖母である。当時日本にスイスの適齢期の女性などいなかったであろうから、日本人と結婚するのは、自然の成り行きであろう。同時期に幾人かのスイス人が日本女性と結婚している。
そして母も日本人であった。父は朝鮮半島元山でロンドン商会という金鉱会社の支配人であったが、第二次世界大戦の時は横浜に戻っていた。4分の1スイス人の血を引くエミールもスイス国籍を有し、横浜ではセント・ジョゼフに学んだ。戦時下について以下のように語る。
「両親と子供が8人いた。(東京の)公使館の仕事で敵国管理と言うのをやらされた。憲兵や特高の連中ともよく話しました。軍刀をガチャつかせながら、憲兵がよくお煎餅なんか食べに来た。」
日本語が出来るという事で、憲兵の相手もさせられたのであろうか?
ラベッタ家は戦時中横浜に住んだことは間違いないが、1943年9月の横浜退去外国人のリストに名前がない。日本国籍を持っていたために、日本人扱いであったのであろうか?
終戦時の外国人名簿によれば、軽井沢に次の様なラベッタ一族が疎開していたが、エミールの名前はない。
フェリクス・ラベッタ 72歳
ヘレン・ラベッタ 47歳
フランシスコ・ラベッタ 年齢不明 (スイス公使館部員)
テレザ ラベッタ 16歳
エラク ラベッタ 14歳
ヘレン・ラベッタ 47歳
フランシスコ・ラベッタ 年齢不明 (スイス公使館部員)
テレザ ラベッタ 16歳
エラク ラベッタ 14歳
以上
