太平洋戦争真っ只中の1943年6月の外事月報によれば、医師法違反でドイツ人医師ヘルマン・クレメンス・グラウエルト(山下町35 横浜生まれ)が逮捕された。彼は(違法に)堕胎手術を129回行った。
 
そしてそれに関連し、アイリン・ブリゲル(山手町8 戸主マーク・ブリゲルの妻 スイス人 29歳)の名前も登場する。彼女は中絶の適応症がないにもかかわらず、グラウエルトの所で妊娠2ヶ月の堕胎を行い、しかもこれが初めてではなかった。
 
アイリンはその後夫と別れたようだ。1943年9月の山手8番の住所にはアイリン・ロードのみが住んでいる。ブリゲルから旧姓ロードに戻ったのであろう。
 
その後、アイリンは渋谷区原宿に移り、さらに軽井沢678番で終戦を迎える。一方の前夫ブリゲルは、終戦を神戸で迎え、日本人の内妻がいた。当時の外国人社会にも色恋沙汰があったようだ。
 
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グーグルストリートビューより。右側の門柱に8番の文字が見えるが、現在この門柱は存在しない。
 
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