1942年12月8日、冒頭に紹介した声楽家の古沢淑子が、同じく音楽家の倉知緑郎と結婚する。
「総領事館の千葉公使が仲人をつとめ、式は牡丹屋にて厳粛にとり行われた。神主役をつとめたのが銀行の人。きちんと形式にのっとって挙式された。挙式のあと、その牡丹屋に食料を持ち込んでカクテルパーティーをひらいた。」と写真付きで紹介されている。
日本からの食材の入手が不可能になったが、牡丹屋は営業を続ける。戦争を見込んで、味噌、醤油などは備蓄してあったのであろう。この頃ベルリンでは材料の入手難から、日本人以外の客は入店できなくなっていた。

