父T.M.ラフィンはアメリカ人で1885年ごろ、船員として日横浜にやって来た。石井ミヨと出会い結婚、日本で暮らす。製氷会社、清涼飲水の会社を設立して財を成す。そして120番に屋敷を構える。
しかし戦争が家族の運命を引き裂く。たとえば次男のトーマス・ラフィン・ジュニアは第二次世界大戦が始まった時、スパイ容疑で官憲に捕らえられたが、1942年の第一次交換船浅間丸でアメリカに出国する。
五女ミッドランド・ラフィンはラフィン家の財産を守るため、日本国籍を取り、オクと名乗る。そして戦時中は母親ミヨと箱根の別荘で暮らした。
そして今回取り上げた三女エレノア・ラフィンはやはり財産を守るため、開戦時アメリカ国籍のまま、山手町120番地に居住を続けたが、1943年に七沢に抑留される。歯医者に行く許可を得、抑留所を出たまま、鉄道に身を投げ自殺した。
(山手111番館説明パネルより)
観光名所「山手111番館」は、結婚する長男のために1926年に建てられたもの。
