1923年当時、251番から261番まで小さな区域が集まる。こちらは103番の分割であろうか?元町・中華街駅から登ってきたところにあり、最も観光客の多い場所のひとつだ。そして今存在するのは251番、252番、254番、260番である。
 
253番はインターナショナルスクール(現在は258番)で蘭印引き揚げドイツ人婦女子が20名が集団で暮らした。

現在の横浜インターナショナルスクール
 
Bluff Archivesによれば254番は古くは「メルマン邸」である。こちら
1900年代初頭、この邸宅の所有者の氏名に女性が多いのはどういう事情からであろう?
山手254番館は戦後の建築で木造2階建ての洋館となっている。 (住総研 研究論文集No.42,  2015年版)
調査時点では空き家であったようだが、今は駐車場の場所か?
 
257番は1888年から1920年までPublic Hall(ゲーテ座)である。こちら
1923年の地図では谷戸坂に沿ってPublic Hallがあったのは書いた通りだ。震災で倒壊したため?
 
かつてのゲーテ座があった場所は今は岩崎博物館となり254番。
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258番の横浜インターナショナルスクールは1924年の設立。いくつか校舎は分かれていて、254番、118番などにもある。
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この一帯、古い痕跡を探すのは難しいのだが、学校のそばのこのポストはいつ頃の物であろう。
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何故か向かい「横浜市イギリス館」にも同じ様なものがある。
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1943年、253番には無職のドイツ人婦人を中心に、13名のドイツ人が暮らしていた。領事館が借り上げた、蘭印引き揚げ婦女子のための住まいのひとつであったことは間違いない。
 

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