240番は以前より存在しない。241番はワシン坂通りの韓国総領事館の向かいだ。
まずは角の山手ロイストン教会が目に付く。
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あまり教会らしくない建物だが、ホームページには教会の歴史が詳しく書かれている。
「私達山手ロイストン教会が誕生した山手町241番地という土地は、明治8年(1875年)の英国軍駐屯地の撤退と共に、当時120番地だった英国公使館跡を分割し120番及び241~245番地とに分割され、外国人居留区として誕生しました。」
 
山手に順番のそろわない地番がたくさんあるのは、筆者は空き地があったためと思っていたが、分割が真相であった。しかもかなり早い時期に。また戦後について
 
「一時的に強制接収されましたが、その後旧ハイチ名誉領事であった横浜の実業家N氏の自宅が建設され、氏の没後山手メモリアルホール・プロテスタント教会として
現在の山手ロイストン教会へと生まれ変わりました。」と米軍による接収からの推移も分かる。241番に関しては生い立ちから書いているが、教会自体は戦後に初めて建てられたのであろう。何故なら震災前に、下の二つの洋館があったのであるから。
 
Bluff Archivesによれば1912年まで241番Aはブルーム邸であった。こちら
ここで生まれたポール・ブルームはアメリカのCIAと関係ある人物ある一方、日本関連文献や浮世絵の蒐集家であり、横浜開港資料館に「ブルームコレクション」として公開されている。筆者のポールブルームに関する記述はこちら
 
241番Bは震災前ハームゼン邸であった。こちら
 
このお宅も241番だが上記ふたつの洋館の位置は特定できない。
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クラブハウス山手241の壁。
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242番には現在、ワシン坂に面して和風の立派な邸宅があり、その裏側には洋風な家が並ぶ。
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243番はワシン坂通りのマンション「パールハウス」などがある。
1943年当時、ドイツ人のヘルマン・グララエルト (医師 家族無し)が住んでいる。
 

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