180番、181番と、1921年時点でも存在しない。182番と183番は堀川沿い、西之橋付近で石炭ヤードであった。現在は石川町1丁目あたり。
関東大震災からの復興事業として1926年に建設された西之橋は,横浜市認定歴史的建造物。

184番は現在元町・中華街駅に近い山手迎賓館から、谷戸坂沿いのマンション「ブラフ100」の前まで。山手迎賓館は名前からすると公的建物の様だが結婚式場だ。

同地184番にはあまり綺麗に保たれていないが、「機械製氷発祥の地」のプレートがある。
1879年、米国人のアルバート・ウォートルスが日本初の機械製氷会社「ジャパン・アイス・カンパニー」を設立。一般消費者向けに人工氷を販売。関東大震災後の1924年に再建。その後、1999年まで、ニチレイの子会社だった旧・神奈川日冷の山手工場として稼働してきた。

1943年、184番には以下のような外国人が住んでいた。
ルイゼ・ミンガット (無職 スイス人 家族無し)
サペリー・ラウロフ (化粧品行商 白系ロシア人 家族5)
アレツキシイ・フエジヤコフ (無職 白系ロシア人 家族2)
グレゴリイ・グリンキン (化粧品行商 白系ロシア人 家族2)
キアスリーン・ヒトポロス (無職 ギリシャ人 家族1)ラウロフ方
サペリー・ラウロフ (化粧品行商 白系ロシア人 家族5)
アレツキシイ・フエジヤコフ (無職 白系ロシア人 家族2)
グレゴリイ・グリンキン (化粧品行商 白系ロシア人 家族2)
キアスリーン・ヒトポロス (無職 ギリシャ人 家族1)ラウロフ方
彼らは谷戸坂沿いに住んでいたと思われるが、白系ロシア人二人の職業が化粧品行商というのが興味深い。決して生活が楽だっとは思われない、白系ロシア人の営んだ数少ない職業のひとつであろうか?
185番には運河に面して、1896年に建築されたフランス領事館があった。1923年の関東大震災で倒壊するが、外壁に取り付けられていたメダリオンが残っている。(RFはフランス共和国のイニシャル)
なお少し上にあたる186番にあったフラン領事官邸(領事の住まいである公邸)と良く混同されている。
なお少し上にあたる186番にあったフラン領事官邸(領事の住まいである公邸)と良く混同されている。

壁の説明パネル。

現在 「元町・中華街駅自転車駐車場」があるがその上部は、フランス山公園のバルタールパビリオンなどがある。その周辺には「横浜ボウリング発祥の碑」、「クリーニング業発祥の地」という碑が、業界関係者により建てられている。


