山手本通り雙葉小学校入口の交差点を元町と反対側に降りると今も昔も69番。
ここは空襲の被害を受けなかったのであろう。現在3軒が戦前の洋館として、横浜市認定の歴史的建造物になっている。

なお山手地区は関東大震災では大きな被害を被ったが、第二次世界大戦の空襲の被害はあまり大きくなかったので、戦後は住宅地としての復興も早かったという。
 
全て個人宅の名前で、歴史的建造物の認定を受けている。この門柱の先が69番。
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宇田川邸 1925年建築の木造2階建て。
「山手の改修を終えた宇田川邸」はこちら
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石橋邸  昭和初期建築の木造2階建て
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松原邸 1929年建築の木造2階建て
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こちらも戦前の建物と書くものもある。少し前までは緑ではなく、オレンジ色であったよう。
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1943年にはドイツ人の4家族が住んでいた。戦前からの家が残っているとすると
これらの家に住んでいた可能性が高い。
69D ルイザ・ツアイクス 無職 家族4
69 エリザベス・ユールゲンセン 無職  家族無し 
69 クラーラ・ パウルゼン     無職 家族1
69 パウル・ショウニヒ       商社員 家族2
なお69Dは68番で紹介した68D(Beatty邸)ではないか?
それにしても67番から、69番にかけて、ドイツ村の様相を呈していた。
 
69番の下が1921年時点では、70番、71番であったが、今は横浜雙葉学園の講堂、体育館で71番で統一されている。
講堂外壁の大きなレリーフ。
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