地蔵坂上の交差点から、地蔵坂の道は下って行くが、右側は高台のままで9番地である。そこから14番まで順を追って下りていくが、今は9番の次が12番である。現在10番は山手本通りに面するのみ、11番は細い道側に面するのみとなっている。
 
9番は日本蓄音機商会の初代社長のF.W.ホーンの個人邸宅として、1906に建てられ、その東照宮を模した外観から日光屋敷と呼ばれていた。
1920年に浅野総一郎が買収しテンプルコートホテルとして開業した。
(横浜手彩色写真絵葉書図鑑より)

屋敷はあの高台に上にあったのであろうと、今も想像することが出来る。
写真の正面の家あたりだ。
イメージ 5
 
Bluff Archivesで、当時の写真と1923年までの住人の推移を見ることが出来る。
 
1943年時点
11番にはドイツ人、エリザベット・コッホ(無職 家族3)
12番にはドイツ人、ヘルムート・フライエヴィッチ(大使館書記 家族3)
が住んでいる。フライエヴィッチはここから東京永田町にあったドイツ大使館まで通っていたことになる。当時は京浜東北線は桜木町までであったから、そこまではバスで出たのであろうか?
またヘルム商会の創始者ユリウス・ヘルムが60歳にして最初の家を建てたのが12番であった。
 
9番、坂の途中の家。
イメージ 1
 
山手本通り10番の家。
イメージ 4
 
11番はおそらくこの辺り
イメージ 2
 
2番のトーカンマンションへの階段には、ブラフ積みの石壁が残る。
イメージ 3
 
メインのホームページ「日瑞関係のページ」はこちら
私の書籍のご案内はこちら