自己肯定感 | 素直になろっっ(^-^) 〜 力を抜いてneutralなわたしで〜

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私、neutralの感じた日々のいろいろを心のままに綴っています。

私の言葉からあなたが感じることを、あるがままに感じる時間を楽しんでもらえたらうれしいです。

こころや感じる世界の楽しさをご一緒したくてやってます!

ゆるんでほっとするneutralな時間をぜひ♡

今夜は満月です。

明日までは昼間の寒さが緩むとか。

冬の夜空は
そらが澄み切っていて綺麗ですね。







私はよく書き出しをします。

ノートに書くんです。





書くことはいろいろ。




しっかり掘り下げることもありますが、

今、自分の中にあるものを可視化したくて

メモ書きのように書き出すことが多いです。




今日もそんなことをしていたら。





自己肯定感についての

私の思い違いに気づきました。












自己肯定というのを、

自分を褒めることだと勘違いしている人は多いです。




肯定っていうのが

○にしてあげるみたいな捉え方になりがちなのかもしれませんね。








例えば

何か失敗したとか後悔するような体験があった時に

自分を肯定しようとすると、



失敗じゃないよ!

って言ってあげることが肯定することだ

と思うんじゃないかしら。




味方になってあげたいときも

あなたは間違ってなかったよ

って言ってあげたくなる、みたいな。




私はそうでした。






でも、おそらく、

本当の意味での肯定っていうのは、



失敗しちゃったかぁー。

悔しいんだね。

頑張ってたもんね。

そうかぁ。悔しいねぇ。



って感じなのかな、と。








簡単に言うと、


そんな今なんだね。

うん。それでいいよ。



っていう感じなのかなぁ、と。






失敗したと思っている自分を

励ます必要もないというか。



頑張ってきたのも知ってる。

だから悔しいのもわかる。


全部知ってる。

全部、あっていい。



これが肯定なのかな、と。







だとするとね、


自己肯定感て

いつもずっとあり続けてるもの


だと私は思いました。




結果が出た時だけとか

落ち込んだ時だけとか

そういう何かあったときに発動するんじゃなく、



それこそ、


うん、今日も生きてるね


って、

全てを見守ってくれているような

ホンワカと包み込まれるようなイメージ。





だって

自分は片時も離れずに自分といるんだもん。




全部知ってる。

全部知ってるのは自分だけだからね。






私にとって自己肯定感て

そういうものなんじゃないかって、

そんなことに気づきました。






全受容とも言えるのかな。





だとしたら、

自己肯定感て、


自分への愛


だよね。





すべてなるものの愛って

これだと思うんですよ。





存在そのものの全てを

ただある全てを

見守り愛しんでいるから。






それを、

ゆるしと呼んだり

無条件の愛と呼んだりするのかな、と。






そのすべてなるものの愛を
自分が自分に発揮すること。



それが自己愛。




私は
自己愛を学ぶ人生を生きてるなぁと
そんなことを思っています。





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