私はずっと

「責任取りたくない」

と逃げてばかりでした

 

だから自分の人生も

あの人のせい

この人が悪い

と人任せになり

自分で責任を取る人生を

歩んできませんでした

 

「責任を取りたくない」

の背後にあるのは

たぶん

昨日書いた

「幼稚園に行ってないから」

なのです

 

( ゚Д゚)ハァ?

 

ですよね

 

よし、では

私がどうこじれているか

説明しようじゃないか

 

小さい頃の私は

世界を全部

自分で掌握していると

思い込んでいたんだ

ところがある日

私以外の子供たちは皆

保育園や幼稚園なる場所に

通っているという事実を知る

 

そこでは私の知らないことを

教えてくれているらしく

他の子たちの言動から

それまでの私の当り前が

覆されていくのを感じたのだ

私の当り前は

世の中の当り前ではない

みんなが知っているのに

私だけが知らない

いくら本を読んでも

TVを見ても

周りの大人から影響を受けても

 

幼稚園で体験できることは

幼稚園で体験するしかないのだ

 

私にはどうあがいても

それが手に入らない

知る術がない

 

幼稚園でしか知り得ないことに対して

私は自分が無知だと思っていたのだ

 

私は、知らない

だって幼稚園行ってないから

私は、できない

だって幼稚園行ってないから

 

責任を問われたとき

それが私の無知からなるものだったら

どうしよう

知らないことは責任持てない

できないことは責任持てない

 

知ってる人がやってよ

(幼稚園に行った人なら知ってるでしょ)

できる人がやればいいじゃん

(幼稚園行った人ならできるでしょ)

 

どんなに自分に何かを

知識とか、技術とか

付け加えようとしても

私は敵わないのだ

 

幼稚園に行った人 に

 

私の中では

「幼稚園に行った人が最強」

だったらしいです

 

あ、ちなみに

このあたりの感覚は無自覚です

今、文字にしてたら

そういうことかぁ~って

からくりがわかってきました

 

いじけてたんですよ

幼稚園に行けなかったって

 

行かせてくれなかった親に

拗ねますよね

兄は幼稚園に行ったので

兄にも拗ねますよね

 

まさかそんなこと?

って思ったけど

まさかそんなこと

でした

 

たぶんね

行くことになっていたら

それはそれで

嫌がったんだと思いますよ

私、一人が好きだったので

 

私だけ行けなかった

私だけ知らない

ショックだったんでしょうね

 

それまで私の世界では

天上天下唯我独尊みたいに

生きていたんですから

 

 

はぁ~

びっくりした

 

けど

わかって良かった

 

もう「幼稚園行ってないから」

なんて言わない

(いや、口に出したことは無いんだけどね)

幼稚園に行ったかどうかは

私の人生を左右しない

 

よって

私は私の人生を歩めそうなので

自分の人生の責任は

自分で取って行けそうです