七星晶音です。

 

 

雨が降ったり降らなかったりの

お天気が続いていて

朝夕の気温にはしっとりとした

秋の落ち着きを感じるようになりました。

 

続く蒸し暑さも

穏やかになっていってほしいなぁ。

 

 

(*´ω`)

 

 

今日は心理の話など。

 

 

  離れた人たちをサゲ続ける心理

 

 

細密に確認したわけでもなく

確証が取れない

もしかしたら?の話なのですが。

 

 

以前さよならをした人が

 

さよならをした時の状況や

本質的なさよならの原因の

詳細や、事実関係の裏づけを

取れていない状態で

 

これはこういうことではないか

という想像により

解釈を膨らませてしまった

推測を事実だと捉えて。

 

 

分かる人が見たら

この人たちのことが対象なのかなぁ?

と察せるような表現で

 

公の表現の場で

様々な切り口、捉え方で

自分から離れていった人たちを

批判したり

 

さりげなく?あるいははっきりと?

様々な表現でサゲ続ける…

ということを

長い期間、

繰り返しているみたいで。

 

 

それがもし事実なのだとしたら

 

その人と離れた立場である

自分としては

気持ちのよい話ではないし

 

ふくらませた出来事を

そのまま事実とされて

伝達されているのだとしたら

それに関しては普通に

いやなんだけれど…汗

 

 

ただ、関係が終わった人をサゲる

という心理自体は

珍しくはないことなのですよね。

 

 

 

 

関係が終わったときの

喪失の悲しみが大きくて

自分の心の痛みをどう処理していいのか

わからない状態、

 

自分の心の痛みを受け止めきれない

という状態である時に

 

壊れてしまいそうな

自分の心を守ろうとして

無意識に取ってしまう

精神的な戦略なのです。

 

 

本来は

人間関係が終わる時には

自分自身が向き合うべき課題が

どちらか一方だけにではなく

お互いの中にあり

 

どらちも自分の未熟さや

選択の仕方を見つめ直す

必要があるのだけれど

 

それに伴う心の痛みを

回避するために

 

自分はただの被害者で

相手だけが悪い、という

ストーリーを作ってしまうことが

あります。

 

 

 

 

批判を続けることで

私は被害者・相手は加害者という

アイデンティティを維持して

心の安定をはかることができるし

 

周囲から

そうだね、あなたは悪くないよ。

と同調を得ることができれば

自分の正しさを強化し

孤独感を和らげることが

できるんですね。

 

 

それは関係性の終了がつらすぎたり

心の傷が深すぎた時の

私たちの心の機能の

自然な反応だから

 

そうしてしまう気持ち自体には

そうだよなぁ…と思う次第です。

 

その心の痛みの原因に

自分も関わっているのだろうから

ごめんよぉ…とも。

 

 

 

 

ただね。

そうした心情って

個人差はあるけれど

 

たいていは、いくらかの

時間が経つにつれ

感情が整理されていって

落ち着いてゆくものでもあるんです。

 

 

それがあまりにも

長く続いているとか。

 

 

本人にはさほど自覚がないけれど

周囲の人からすると

かなりの頻度で話題に上がっている…

そのことを引きずり続けている

という場合

 

その人が、批判している内容や

関係が終わった人たちへの

サゲに使っている表現は、実は

 

心理学でいう「シャドウ」の投影

という心の機能から生じている

言動である可能性が高いのです。

 

 

  シャドウとは?

 

 

人の心には

 

意識し自覚できている部分(光)

意識できず自覚できていない部分(影)

 

の両方があり

 

シャドウというのは

 

自分が気づいていない

それが自分だと受け入れたくない

認めたくない

 

そんな、自分が自覚したくない

自分の側面のこと。

 

 

人間の内側って、とっても複雑で

ひとが「自分」だと

ひとくくりにしている性質は

自分が思っている以上に

さまざまな要素の集合体なんです。

 

 

なんだけど

 

 

自分はこうありたい。

自分はこんな人だと見られたい。

自分はこんな風に

生きなければならない。

 

 

そんな願望や理想や強迫があるから

その方針に従って

自分の内側にある

たくさんの性質の中から

選択肢を取捨して

 

自分の思考や言動を

コントロールしようとします。

 

 

 

 

そのときに

本当は自分の可能性や

感情の一部なのに

 

こんなの自分じゃない

私はそういう人間じゃない

 

と切り離して

無意識の中に排除した部分や

押し込めて見ないふりをした部分が

その人の「シャドウ=未承認の自分」

になってゆきます。

 

 

そしてこのシャドウは

本人の自覚から切り離されたあと

ただ消えてなくなるのではなく

 

あなたが隠した私に気づいてほしい

 

というサインを

本人の無意識の領域から

送り続けるんですね。

 

 

人は心の成長を遂げ

より成熟した精神性を得るために

 

(自覚している自分)

(自覚していない自分)

統合すること

 

本能的に求めているんです。

 

 

誰もの「シャドウ」は

自己理解と自己成長のための

大切なきっかけとして

根気よ~く・笑

私たちを追いかけてくるんですね。

 

 

それゆえに自分の中の

シャドウの要素っていうのは

もうこれ以上気にしない!忘れよ!

ってなかなか切り換えられず

 

何度でもよみがえり

引きずりやすいものなのです。

 

 

  シャドウからのサイン

 

 

シャドウが私たちにその存在を

知らせようとする時

 

単なる好き・嫌いや

快・不快のジャッジを超えた

過剰な感情の反応を起こしたり

 

本当は自分が心の中で

思っていることや

実際に取っている行動を

 

相手が思っている

実際にしていると捉える

「投影」という反応が出たりします。

 

 

 

 

①過剰な拒絶化の例

 

怒ることは悪いこと。

自分は穏やかで

優しくなくてはならない。

 

という思いこみがあり

ふだんは自分の怒りを

押し殺している人が

 

周囲で、ちょっとでも怒りを

あらわにする人がいると

なんであの人はあんなに短気なの!?

と強烈にイライラしずっと気にかかる。

 

 

自分の中で認めたくない面を

他人に見て強い嫌悪感を持つ。

 

 

 

 

②過剰な理想化の例

 

自分も本当はリーダーシップを

取れる力を持っているのに

 

彼女みたいなカリスマ性は

私にはない…

 

と思い込み

相手を必要以上に神格化し

すごい、完璧だと強烈に憧れ

崇拝する。

 

 

自分の中の可能性や力を認められず

他人を過剰に持ち上げる

 

 

 

 

③被害者化の投影の例

 

●さんは普段から

「うちの会社は◇さんの会社よりも待遇が良い」

「私のキャリアは◇さんよりも安定している」

と優位性を口にしている。

 

あるとき◇さんが●さんに

「最近、転職してちょっと忙しいんだよね~」

と話すと、●さんは

(え?私に張りあってる?

自分の仕事アピールをしてきた!)と捉えた。

 

 

実際は自分がしていることを

相手が自分にしていると変換し

私は悪くない・私は被害者である

という立場を維持しようとする

 

 

 

 

④役割反転の投影の例

 

●さんは寂しがり屋で
友達の◇さんにいつもLINEを送ったり
遊びに誘ったりしている。
本心は一人だと不安だからBさんに

そばにいてほしいと思っている。

◇さん
「この週末は一人で過ごそうと思ってるんだ」

「読書したいんだよね」

 

●さん

「(なんで?私を避けてる?私が必要じゃないの?)」

「へぇー。でもBって私にめっちゃ依存してるよね」

「私がいないといつも暇そうにしてるし」

 

 

自分の中の欲求や性質を

立場を逆転させて

相手に押し付けて捉えてしまう。

 

 

 

 

投影は、無意識に

行われていることなので

本人が自然と自覚することは

基本的に難しいことなんだけれど

 

人間なら誰でも

このシャドウの「投影」という

心理を行っちゃうことがあるんだよ。

 

ということを知っていれば

 

 

自分がやたら

ひきずってしまうこと

気にかかり続けること

過剰に反応してしまうこと

 

繰り返しがちなトラブルや

ストレスの原因を見つめ直す

きっかけになりますよね。

 

 

 

 

そして、

自分の中の見たくない自分を

受容し、許してあげること

過剰だった感情や

歪んでいた認知は和らぎます。

 

シャドウは、自分が自分らしく

生きるための「適度な判断基準」へと

変わってゆくんですね。

 

 

シャドウの投影による言動は

第三者的な客観的な

視点から見ると

かなりわかりやすいので

 

シャドウという

メカニズムを知っていると

私たちが、人の隠れた部分を

観察し推し測る目にも

繋がってゆきますよ。

 

 

誰もが自分の真実(主観的な本心)

語ろうとはするけれど

 

真実が、必ずしも

事実(実際に起きたこと)

イコールだとは限らないのも

人の語る言葉の世界。

 

 

もし、客観的に見て

その人の日常の中で

自分の正しさを証明しようとするように

過剰に繰り返されている言葉話題

その人がとっても

主張したいことであると同時に

 

その人自身の隠れた性質を表わす

ブーメランの自己紹介

なっていることも多いのです。

 

 

シャドウは構造的に

自己矛盾をはらむので

 

例えば、

批判はいけないよね!!と

声高に主張している時

 

世の中の批判をする人を

自分も批判している、

という変な構造に

なっちゃったりもします。

 

 

 

 

エネルギーに敏感であったり

洞察力のある方であれば

他者の、シャドウを投影した発言には

なんとなくの異質さや違和感を感じる

こともあるでしょう。

 

 

 

シャドウは無意識の投影だから

なかなか自覚的に

コントロールするのも難しいけれど…

 

 

自分の思う正しさ

にまつわるシーンに

出現しやすい特性がありますから

 

自分を正当化しようとしている時

どんな言葉や話題を選び

繰り返しているか

時にふりかえって、シャドウを

確認してみるのも良いかもね泣き笑い

 

 

 

ちなみに誰にでもシャドウって

存在しているのですが…

 

感情や欲望を悪と決めつけず

素直に認めて表現できる人

 

人間には誰にでも

光と影があるもんだ~

受け入れている人は

 

比較的シャドウが少なく

生きやすいみたいですよ(*´ω`)

こだわりが少ないので
イラっとしたりムカつくことも

少なくなるんだろね。

 

 

私も自分のシャドウサインに

気づけるよう、知識と共に冷静に

自分の内側をよく見て

愛してゆこうと思います♪

 

 

先日の魚座満月は皆既月食

 

私たちの抱えるシャドウと向き合い

乗り越えるという

テーマも含んでいるんですよ^^

 

 

 

 

 

 

魂の喜ぶ今日を

過ごせますように。

 

 

魂がより輝く

明日でありますように。

 


私たちの心が、どんな時も

愛と平和を選べますように🌝
 

 

あなたにも私にも

ささやかな祈りをこめて。