5~6日目は

 

いよいよ楽しみにしてた

ドゥブロヴニク

 

クロアチア、アドリア海沿岸のダルマチア最南端にあります

ダルメシアンはここが原産とされています

 

 

 

 

 

魔女の宅急便はご覧になりましたか?

 

このモデルになったとされる飛び地です

紅の豚もここだとされてます)

 

1979年世界遺産に登録された旧市街は

「アドリア海の真珠」とも謳われる美しい町並みを誇る

アドリア海沿岸でも傑出した観光地です。

 

 

一見綺麗な景色に見えますが

ドゥブロヴニクは島外沿岸地域に居住するひとびとが

野蛮な外からの侵入者による猛攻撃から難を避けるため、

強固な城壁を持った都市国家の建設を開始することになります

37mにも及ぶ堅牢な城壁が有名です

この島を取り巻く城壁は7~8世紀に構築がはじまり

15世紀に完成しました

 

 

 

 

ぐるりと城壁に囲まれた街

 

 

 

 

 

 

 

かつて使われた石の砲弾

こんな石が戦争に使われてたなんて・・・

??よく割れなかったわ!!

 

 

 

 

さらに

 

 

1991 年 10 月。

ユーゴスラヴィア社会主義連邦共和国からの

独立戦争のさなか、

クロアチアの独立を認めないユーゴスラヴィア連邦軍は

ドゥブロヴニクへの攻撃を開始。

ドゥブロヴニクはその後 7 ヶ月に渡る包囲戦を強いられます。

 

この包囲戦では、100 名を超える民間人、軍関係者に至っては

 200 名近い犠牲者をだし、旧市街も 650 発もの砲弾により

 

建物の 56% に何らかの損害が発生するという、

甚大な被害を被る結果となりました。

 

 

 

街の北側に標高412mのスルジ山があり

今ではロープ―ウェイで登る事ができます

 

 

 

1800年代初頭にドゥブロヴニクに進行したナポレオンが、
このスルジ山に建てた要塞が今でも残っています。

 

 

 

 

今は戦争博物館として使われています。
 

 

 

1812年、フランス皇帝ナポレオン・ボナパルト

により築かれたFort Imperial

およびナポレオンが贈呈した十字架がそびえたっており、

セルビアとの独立戦争では戦場のひとつとなり

十字架も破壊されました

(現在の十字架は再建されたもの)

 

 

 

 

 

奪う

 

 

 

離別

 

 

 

犠牲

 

 

 

不安

 

 

 

怯え

 

 

 

苦戦

 

 

 

咽び

 

 

 

人々の嘆きが聞こえてきます

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

たった20年前におきた事です

 

 

戦争は

繰り返してはいけません・・・

 

 

 

 

--次回は楽しいお話にするよ--