5~6日目は
いよいよ楽しみにしてた
ドゥブロヴニクへ
クロアチア、アドリア海沿岸のダルマチア最南端にあります
ダルメシアンはここが原産とされています
魔女の宅急便はご覧になりましたか?
このモデルになったとされる飛び地です
(紅の豚もここだとされてます)
「アドリア海の真珠」とも謳われる美しい町並みを誇る
アドリア海沿岸でも傑出した観光地です。
一見綺麗な景色に見えますが
ドゥブロヴニクは島外沿岸地域に居住するひとびとが
野蛮な外からの侵入者による猛攻撃から難を避けるため、
37mにも及ぶ堅牢な城壁が有名です
この島を取り巻く城壁は7~8世紀に構築がはじまり
15世紀に完成しました
ぐるりと城壁に囲まれた街
かつて使われた石の砲弾
こんな石が戦争に使われてたなんて・・・
??よく割れなかったわ!!
さらに
1991 年 10 月。
ユーゴスラヴィア社会主義連邦共和国からの
独立戦争のさなか、
クロアチアの独立を認めないユーゴスラヴィア連邦軍は
ドゥブロヴニクへの攻撃を開始。
ドゥブロヴニクはその後 7 ヶ月に渡る包囲戦を強いられます。
この包囲戦では、100 名を超える民間人、軍関係者に至っては
200 名近い犠牲者をだし、旧市街も 650 発もの砲弾により
建物の 56% に何らかの損害が発生するという、
甚大な被害を被る結果となりました。
街の北側に標高412mのスルジ山があり
今ではロープ―ウェイで登る事ができます
1800年代初頭にドゥブロヴニクに進行したナポレオンが、
このスルジ山に建てた要塞が今でも残っています。
今は戦争博物館として使われています。
1812年、フランス皇帝ナポレオン・ボナパルト
により築かれたFort Imperial
およびナポレオンが贈呈した十字架がそびえたっており、
セルビアとの独立戦争では戦場のひとつとなり
十字架も破壊されました
(現在の十字架は再建されたもの)
奪う
離別
犠牲
不安
怯え
苦戦
咽び
人々の嘆きが聞こえてきます
たった20年前におきた事です
戦争は
繰り返してはいけません・・・
--次回は楽しいお話にするよ--
























