絶対に負けるだろうと思ってたW杯のスペイン戦、びっくりの勝利でしたね。
試合見てなかったけど、22時ごろもメッセージが沢山入ってきて勝ったのを知りました。
翌朝も、市場やバルのスペイン人や南米人に、
”日本勝ったね!”と言われてだけど、見てないから答えようがなくて。。。💦
次のステージも頑張って欲しいですね。
さて、前回の続き。。。
久しぶりに訪れたローマで、この町に移住するキッカケとなった旅を綴っています。
https://ameblo.mom/neco57/entry-12777013244.html
それでも17万円くらいでした。
エンターテイメントなんて皆無で、食事のサービス終わると電気が消され真っ暗のまま、モスクワまで10時間よ!
機内食も同じメニューで、冷たい骨付き鶏モモのロースト、半分凍ってる黒パンに干からびたイクラが数粒、丸ごとオレンジ、余りにも強烈でしっかり記憶してます。
そして、今では考えられないけど、大型犬が座席の下から顔出したり、機内を歩いてるのよ💦
年配CAさんが"可愛いわね〜"とその頭をくしゃくしゃとした手で、パンを渡されるという…😱
モスクワ乗換で降りる時も、まだソビエト連邦時代ですから、数名の毛皮帽被った兵士がライフル持ちながら、搭乗口で指差してカウントするの、まるで捕虜になった気分で怖かった…😱😱
空港内も暗くて、チョコレート🍫と言いながら、カカオ脂無しの砂糖とカカオ粉混ぜたような変な代物もあった(96年にキューバ行った時も同じチョコレートがあって驚いた)。
別に行った友人は、乗換でモスクワ一泊だったのだけど、アエロフロート指定のホテルへのバス移動で、兵隊さんの先導で窓は全部真っ黒に覆われて外が見えないようになってたって。
どこ連れて行かれるのか不安で怖かった、と言ってました。
時代を感じます。
モスクワからローマ行きの便は、座席指定無し!
ビジネス仕様の椅子もエコノミー扱い、幸運にその席に座れました。
私の隣は、35歳位の伊ビジネスマンが乗っていて、話し始めたらローマの行くべき場所やレストランリスト、そして何かあったら連絡しなさい、と彼の電話番号3つくらい(事務所含めて!)もくれるのよ。
家族の写真見せてもらったり、挙句には奥さんが料理上手だから、イタリアの典型的な日曜日ランチに家に来なさい!と住所を渡されたんです。
今、考えたら怖ず知らずというか、海外で見ず知らずの人の家に行くなんて危険ですよね。
しかし、世間知らず?の私、疑いもなく、指定された日に花束とワインを買って、図々しくもお邪魔しました!
すると、料理上手な奥様が沢山の手料理を用意してくれて、2人の小さな子供達と一緒にご馳走になったんです。
食べろ、食べろ、とお腹破裂しそうなくらいに満腹になりました。
食後は、お昼寝タイム、ゲストルームに通された😆
2時間後に皆さん起きてきて、コーヒー飲んで、ホテルまで送ってくれた時に、
"ホテルキャンセルして、うちに泊まりなさい"
と、どんな展開よ〜、と思いつつも、図々しくもその後、1週間も居座っちゃったんですわ!
その1週間は、連日連夜ローマby Night、
彼らの友人との夕食やホームパーティーにも連れて行かれ、挙句には、映画鑑賞まで!
今でもよく覚えている、マイケル・ダグラス主演のウォール・ストリートだったよ😆
古いな…😆😆
ただね、イタリアって全部伊語の吹替なんですよ、ひとつも意味わからんし!!
その後、フィレンツェやヴェネツィアを1人で回って、またローマからロンドンへと旅立ちました。
そこでも、最初のイタリアの洗礼を受けるわけですが。。。。
空港のストライキ!
格安の割引チケット、ナイジェリア・エアの片道を購入!
ラゴスからロンドン行きのフライト、途中給油のためにテクニカル・トランジットのフライトでした。
もうストライキとこのフライトで、またまた凄い体験をする羽目になったのでした。
(つづく)

