こんにちはー!
千葉県鴨川で、書画家/装飾アーティスト/龍と星をよむ人として活動している
Chieco -龍寧(りゅうねい)です🐉✨
※1月下旬にバイク事故で長期入院中の
彼(婚約者)の近況などを綴っています。
昔から、愛する、という言葉が
どこか薄っぺらく感じていました。
ドラマの中のセリフみたいで、
現実とはどこか遠いもののように思っていました。
元旦那さんのことも、
名前で呼ぶことができなかったんです。
「ねえ」とか「ちょっと」とか、
距離を保つような呼び方ばかりで。
「愛してる」なんて、
一度も言えなかったように思います。
言葉にするのが怖かったのかもしれません。
何かが壊れてしまいそうで。
きっと私は、
愛というものを信じていなかったんだと思う。
でも、ここ数年の学びで、
普段、何気なく
周りに発していることも
愛に他ならないんだって。
気にかけることも、
言葉をかけることも、
一緒に笑うことも。
時に怒りをぶつけることも・・・
特別な言葉じゃなくても、
私はもうずっと
愛を使って生きていた。
友達には、
「大好きだよ」とか「愛してるよ」って
自然に言えるのに。
なぜか恋愛になると、
その言葉だけが急に遠くなった。
その違いを見てみたとき、
・対等な関係(友達)では流れている
・近すぎる関係(恋愛)では止まってしまう
そのことに気づいてからも、
恋愛対象に「愛している」と伝えるイメージは
なかなか持てなかった。
頭ではわかっているのに、
その一線だけ越えられないような感覚。
そんな私が
今の彼に出会って、
一緒に過ごすようになってから
とても自然に、
「愛している」と伝えたいと思えるようになった。
事故で彼を失いそうになって、とかでもなくて。
無理に頑張るでもなく、
勇気を振り絞るでもなく、
ただ、そこにある感覚を
そのまま差し出すように。
むしろ「好き」の方が
どこかくすぐったくて、照れてしまうくらい。
前はあんなに遠かった言葉が、
今はこんなにも自然に出てくる。
愛ってきっと、
言葉の問題じゃなかった。
誰といるかであり、
どんな自分でいられるかであり、
そして
どこまで自分を許せているか、なんだと思う。